努力や体力には限界がある。環境を整えて元気と習慣を養おう

金原です。

僕はここ数ヶ月間、情報発信を一旦置いておいて、「家の環境を整える」ということをして来ました。

これは、僕自身(そして家族)の「習慣を変えるため」です。

例えば、家のキッチンが家事をしたくなるような場所になれば、わざわざやろうと決心しなくても、食器洗いや料理が勝手に習慣化される様になる訳なんですよね。

片付けと整理整頓から始まり、浄水器で水の質だけではなく空間の波長(量子力学の話)を整えたり、ウールの絨毯を敷いたり、ファッションを実用的で愛着のわく物に変えたり、お香やロウソクの火を楽しめる場所を用意したり、陶器製の湯たんぽを使ったり…。

その中で、「環境が肉体や精神に与える影響」というものを思い知らされました。

要するに、人は暮らす環境によって、元気になったり疲れたりするということです。

今回は、その環境が及ぼす心身への影響と、環境をどう整えれば良いのか?についてお話ししていきます。

頑張らなくても、普通にしているだけで人生が前に進む。

そんな楽な状態が、ここから始まります。

努力だけでどうにかなるほど人生は甘くない

どうして努力は続かないのでしょうか。

それは、そのままだと体力や精神力が尽きてしまうからです。

消費するエネルギーに対して、タンクに入ってくる燃料が少なかったり、燃費が悪かったりすると、どこかで空になってしまいます。

そして、力尽きてぐったりしてしまったり、朝になかなか起きれなかったり、昼間に眠なったりしてしまうんですね。

こういうのを「根性がない」と言ったりしますが、これは読んで字の如く、その通りです。

根性とは、性の根っこ、つまり、「その人の衝動がやってくる大元の何か」という意味です。

物事は全てが因果応報ですから、元気な人にも、そうでない人にも、しっかりと原因があります。

それには内面的なものもありますが、努力には限界があると言ったばかりですね。

あとは、あるとすれば、その人の生まれ持った性格のカラーや、育ちや経験などですが、それらを当てにしていたら、いつまで経っても少しずつしか元気になれずに、歳をとってしまいます。

つまり、根性は自分以外の「環境」によって決まるところが大きいのです。

自力より他力の方が圧倒的に大きい

自分の中から発することができる体力や精神力のことを「自力」と呼ぶのに対して、外側の環境から影響を受けて養ったものを「他力」と呼びます。

良く、スポーツ選手などが「ここまで来れたのも、皆さんの応援があったから。皆さんのお陰です。」みたいなことを言いますが、あれは正にその通り。

自分の遺伝子のみから発することができるエネルギーなど高が知れていて、食べたものから身体や熱量は作られるし、神経に電気が流れて筋肉が動くことを考えたら、ポリエステル製の衣服から受ける静電気だけでもかなりの悪影響があるでしょう。

そこに周りの人たちが応援してくれるなんていう様な、直接的な精神力の補充や着火ができたら、その人は元気になりやすいに決まっています。

その結果として、何も成し遂げられずに人生を終える人と、世界を変え、多くの人を幸せにして死んでいく人がいる。

環境の力というのは、ここまで大きな可能性を持っており、そのうちの一要素が「元気の源」なのです。

自分が発する元気と環境から養う元気

「環境から応援される」とでも表現しましょうか。

自分を応援してくれるような環境の中で活動すれば、いろんな形で体力と精神力が補充されたり、その燃料に着火するタイミングが多く訪れます。

環境から応援されるには、「環境を味方につける」こと。

環境を味方につけるなら、自分との間に「良好な関係性」を築かなければいけません。

環境との関係性を良好にするには、「物事の筋を通す」とか、「相手を大切に思い、大事に扱う」と言ったことが必要です(後で詳しく説明)。

その結果として、人から応援され、空間や場所から応援され、物や事から応援される。

世界の全て、人生の全てがあなたの味方となった時、どれだけ元気でいられるのか?は計り知れません。

環境が整えば心身が整い、習慣が整う

環境によって人生に大きな差が出てくる訳ですから、初めは目先の結果を追い求めるより、環境を整えて、周りから応援される人間になることです(明日のご飯に困る様な困窮時は目先の結果が大切)。

あなたはどんな暮らしがしたいですか?

綺麗に整理整頓と掃除がされた家に、使いやすい家具や道具が揃えてある。

毎日手入れをして、使い込むごとに愛着がわき、味わいが出てお洒落になっていく。

お客さんが「また遊びに来て良いですか?」と、元気になってくれる。

そこからご縁が広がったり、新しい情報が入って来たり、時には仕事や結婚に関わる様な出来事が起こる。

大昔はリアルの出会いしかありませんから、これが当たり前というか、そうするしかなかったと思います。

ですが、考えてみたら結局はそれがお洒落ですし、社会貢献ですし、開運であり願望成就の手段なのです。

そういう心理とか思考の両方において、「やるべきだ」、「そうしたい」と自然に求める様になると、心と体のズレがなくなって来て、体が勝手に動く様になります。

何かをしたくなる場所から習慣が生まれる

環境が好ましい状態になれば、後は勝手に習慣化。

そもそも「貫く心を習う」と書いて「習慣」な訳ですから、心が真っ直ぐに貫かれている時とはどんな時か?を考え、それを何度も繰り返すだけです。

あなたが時間を忘れて熱中してしまいそうになるのは、一体どんな場所?空間?人?物?

その全てを、この世の全てをできるだけ大切に思い、大事に扱うことです。

そうすれば、この世界、人生の全てがあなたの味方をしてくれて、応援してくれる様になります。

良く、仕事やリフレッシュのために旅行する人がいますが、あれも自宅の環境から発生した一つの習慣です。

自宅が仕事に集中できない場所だから、そこから逃げないといけない。

一概には言えませんが、そういうマイナス面もあるので、家とか、そこで暮らす人々との人間関係などを整えた方がいいでしょう。

旅館に泊まりたいなら、自宅をそういう場所にしたらいいんです。

そうすれば、自宅が仕事に集中できる場所となり、毎日仕事が捗るという習慣が生まれます。

ただ、ここで問題になるのが、どうすれば自分の周りにある環境を整えたくなるのか?です。

ここがクリアできないと、そもそも環境が変わりません。

どうすれば環境を整えたくなるのか?

ここには色々な精神的要素、インナーチャイルドやらメンタルブロックみたいなことが様々に関わってきます。

要するに、自分が持っている「内面の悪いクセ」のことですね。

それら内面の一個一個と向き合い、片を付けていくこと、筋を通すことが必要です。

例えば、「もったいないから」と言って、ものを処分できずに溜め込む人がいるとしましょう。

家が散らかれば、一緒に住む人に迷惑がかかったり、場所を取って同時に住める人数が減り、家族が帰って来れない状況かもしれません。

お客さんは来ないし、来てもリピートはせず、ご縁も切れてしまう。

掃除はしにくく、汚れが放置されがち、なんとなく居心地が悪い。

そこから心がギスギスしてきて、家族関係も悪くなっていく。

別居の道を行けば、生活費が膨大に膨れ上がり、結局はお金や、それを稼いだ労力や時間などが非常にもったいないことになっていきます。

一番もったいないのは人生です。

この場合、例えば…

・自分がどうしてそこまで物体にこだわるのか?
・自分が失った時に一番もったいない要素は何か?
・人生で物よりも優先したいのは何か?
・物を処分したらどんな風に人生が変わるか?
・そもそも自分は本質的に何を望んでいるのか?

こういった内省を行い、「精神、思考、行動、現実」の4つに筋を通して一貫性を持たせないといけません。

影響し合う環境と精神に筋を通す

やりたいことが「少しでも誰れかを幸せにして世の中を変えていく」だったとしたら、「まずは家族を大切にしたいし、そこから広がるご縁も大切にしていきたい。だから家を片付けたいし、綺麗にするべきだと思う。まずは物を減らします。」とかでいいのです。

↓精神:貢献するために片付けたい
↓思考:片付けるべきだ
↓行動:片付ける
↓現実:片付いている(あるいは片付いて行く)

ただし、鶏と卵のどっちが先か?という話で、自分の内面と向き合う余裕ができないくらいに環境が悪い場合は、一旦逃れて安心しないといけません。

そういう場合には旅行や散歩、その他のレジャーなどで気晴らしをするのも必要でしょう。

行った先々で現物を見て、インテリアやレイアウト、ファッションや生活の知恵などを色々と学ぶのも大切ですね。

・精神→現実:やりたいと思ったことは現実化する
・現実→精神:これ良いなと思ったなら、それをやりたいと望む

何かに触れて「自分もこんな暮らしがしたい」と思ったなら、それを実現したいと望めばいいし、望んだことは行動に移して現実化させていけば良いんです。

この循環を止めないことが、「習慣をアップデートする習慣」となります。

癖でついついやってしまうことを変えるのは難しいことですし、それだといちいち改善するのに時間がかかるので、「日々成長することを癖にする」訳ですね。

そういう意味では、環境を整えたくなる様にするのではなくて、「環境を整えるのが当たり前の状態」に持っていくのだと言えます。

その点で成長するのに一番早いと言えるのは、レベルの高い感覚にたくさん触れて、「当たり前のレベルを上げる」ということですね。

美しい物事の関係性に触れる

自分の中で「これが普通で当たり前なんだ」という基準値が高まると、人は一気に成長します。

思考とか気分とか、そういった内面に一々振り回されにくくなるからです。

それを行動に移すのが嫌だとも好きだとも思わない。

そんなことを思わなくても、呼吸をするように自然にできてしまう。

これが本当に身についたというか、魂や血肉と一体になった状態ですね。

では、どうすれば普通のレベルを上げられるか?

これは、美しい物事にたくさん触れることです。

「世の中にはこんなに素晴らしい人々が沢山いるんだ」

「人間って本来、こういう美しい心を持っているものなんだな」

「こんなに良い場所(良い物)が近くにもあったなんてね」

「まあ、これが本来普通なんだけども」

人類というものは、未だにこの世に誕生して、この先も生きていく理由が解明されていません。

それでも、今日もご飯を食べて、仕事して、お風呂に入って、寝て、明日を迎えるんです。

その中で喜怒哀楽、鬼努愛落あって、笑ったり泣いたり怒ったり、悩んだり…。

そこに意味なんて無いというか、意味というものは全て人が作ったものです。

だから、一体何が美しいのか?を学ぶよりも、「なんだろう。これって、すごく美しいな」と、こう感じる物事、それらの関係性(環境)に、とにかく触れることです。

元気と習慣を養う環境の整え方

ということで、どうすれば環境が整っていくのか?整理しましょう。

理論

・元気(自力)の源は環境(他力)にあり、自力よりも他力の影響の方が圧倒的に大きい
・環境が整えば元気と欲求が湧いて勝手に習慣化する
・当たり前のレベルが高くなれば、呼吸をする様にできることが増える

実践

・自分の内面と向き合い、精神、思考、行動、現実、これらの循環に一貫性をもたせる
・とにかく美しい環境に触れ、当たり前のレベルを上げる
・この世の全てをできるだけ大切に思い、大事に扱い、良好な関係性を築いて味方に付け、応援してもらう

最後に:元気になれば何でもできる

アントニオ猪木さんの言葉で、「元気があればなんでもできる」というのがあります。

元気が無いと本当に何もできなくて、リラックスしてゆっくり過ごすこともできません。

だから、元気、根性を養う。

そしてそれは、環境からやってくる。

知恵のレベルとなると、ここに書き切れないほどたくさんのことを学ばないといけません。

魔法の薬などありませんから、コツコツやってください。

それも楽しいものですが、いずれは呼吸をする様に、日々のリズムとして。

僕にも出来ていること出来ていないこと、色々あります。

共に精進できたらと思いますが、一体何が精進になるのでしょうか?

それは、美しいものに触れ、「これが美である」と感じ、「私も美しくありたい」と願うこと。

魂、愛、徳、恵、道。

これらが自分を正してくれます。

自分が乗っかっている環境の良し悪し。

それが「器の大きさと」いう事です。

土台が大きくないと、建物が崩れやすくります。

ダイヤモンドの背景が綺麗でないと、透かした時に汚く見えるでしょう。

自分より下の器に感謝し、大切に思い、大事にすれば、一周回って天から光が差し、道が開けます。

これが人生の大前提です。

それでは、明日も行じて参りましょう。

ありがとうございました。