人がアメを欲しがるのは精神性が高まった様に錯覚したいから

あい、金原です。

今まで幸せについて考えたり、勉強したり実践したりしてきて思ったことが一つあります。

それは、「人がアメを欲しがるのは、精神性が高まった様に錯覚したいからだ」ということ。

このアメというのは、いわゆる「飴と鞭」の飴(甘やかし)のことです。

これは「右翼と左翼」みたいなもので、捉え方や扱い方を間違えば、両方いらなくなる存在だと思っています。


で、今回はその内の「アメ」についてです。

自分を甘やかすこと。

これがどれだけ要らないもので、本当は何が必要なのか?書いていこうと思います。



アメを舐めた時に得られるもの

そもそもなぜ人はアメを欲しがるのでしょうか?

それは、アメを舐めた時に以下の様なことが得られるからです。

・高揚感
・没頭
・満足感
・休息

これらは、人生を飾るスパイスとしては、どれも重要なものだと思います。

ですが、それを「甘やかす」という捉え方でやると、エライことになるので注意が必要です。


「甘やかす」という認識だけで、人は腐っていく

人は価値のある何かを見つけた時、高揚感を感じます。

それが没頭できる様な活動だったのであれば、成し遂げた時には大きな満足感を得られるはずです。

これは、いたって健全な人の活動だと言えます。

嗜好品に頼ることなく、健康的に幸福感を感じることができるでしょう。

夜寝るときはぐっすりなはずです。


しかし、ここに「甘やかす」という認識が出てくるとどうでしょうか?

その時、人は嗜好品に手を伸ばし、怠けるのです。


気分が高まり、夢中になり、満足する。

これを嗜好品でやろうとすると、体に負担がかかってどっと疲れる上、あとで気分が下がります。

そして、気分が下がった分を補うために、刺激に飢え、さらに嗜好品に手を伸ばし、疲れた分を怠けることでカバーする、という負のスパイラルに入っていくのです。


人は簡単に腐ります。

そのためのツールが市場に溢れていますから。

コンビニに行けば、いつでも負のスパイラルの入り口に立つことができ、とっても便利な世の中になった訳です。(皮肉)


不幸なままで本当にいいのだろうか?

嗜好品によって内臓が疲れ、脂肪の中には脂溶性の毒素がたまり、気だるい毎日。

アメを毎日舐めることで得られるものとは、そんな程度のものなんです。(もちろん極たまにはいいでしょうけど。)


そんな不幸な状態(次元の低い幸福)が、本当に彼らの望む状態なのか?僕は疑問に思います。

なら、「アメではなくムチを打て」と言うのかといえば、それも違うでしょう。

別に本格的な筋力トレーニングをしなくても、健康にはなれるのですから。

それは幸せについても同じことが言えて、滝に打たれなければ悟りがひらけないのか?と言えば違う訳です。


ここからは、アメよりも必要なものについてお話ししましょう。



重要なのは幸せのベースを高めること

アメを舐めることによってハイになると、その後に気分は下がります。

これを繰り返すと、精神状態は上がったり下がったりの不安定な状態となり、余計に暴飲暴食などの不摂生を繰り返しやすくなってしまうのです。

なので、重要なのは、気分を上げたり下げたりと不安定にすることではなく、「ベースとしての幸福度」を高めることだと言えます。

そうすれば、いちいち上げようとしなくても気分は良いし、無駄に体力を失うこともありません。

嗜好品に頼らなければ、健康的で、その分さらに幸福度は高まります。


ぶっちゃけ、こっちの方が楽なんですよ。


幸せのベースを高めるとコストパフォーマンスが上がる

ベースとしての幸福度を高めるには、健康であることや、没頭できる活動を見つける必要がある訳ですが、実は、こっちの方がコスト的には安くすみます。

なぜなら、健康的で幸せな生活というのは、シンプルで、無駄が少ないからです。


例えば、不健康な人ほど食事を甘くみていて、良い食材にお金をかけようとしません。

その結果として不健康になり、幸福度が下がる訳ですが、そういう人に限って、幸福度の埋め合わせをするために「余計なもの」を買って食べます。

ケーキとか、お菓子とか、ジュースとか、ジャンクフードとかです。

胃袋の大きさが変わるわけではないので、当然良いものが体に入る割合は少なくなります。

すると、買い物カゴの中はいつもロクでもない物だらけとなり、体には悪いものばかりが入ってくるようになります。

そこに対して、毎月1万円を超えるガン保険をかけたり、本末転倒な上にコストが大きくなるのです。


ここで言うコストというのは、時間とか、お金とか、思考に使う体力のことで、健康的で幸せな生活をしている人は、案外これらを安く済ませることができます。



例えば、体内に入ってくる毒素が少ない、有機食材などを買って食べていると、余計な脂肪がつかないし、体が軽くなります。

要は元気になるということです。

そこからさらに精神状態が安定するので、嗜好品をそこまで欲しいとは思わなくなります。

すると、買い物の内容がシンプルになる上、割高である嗜好品を買わない分、良い食材を買っても財布に痛くないのです。

考え方によっては、ガンになるリスクが減った分、ガン保険に入るのをやめることもできます。


さらに、こっち側の人(ベースの幸福度が高い人)は、没頭できる活動を持っているので、娯楽消費にお金を流す必要がなくなるんですね。

もちろん活動するのにもお金はいると思いますが、「遊ぶことでハイになり、その後どっと疲れる」ということはなくなります。

より健康的で、幸福度が上がるわけです。


同じような額の支出で健康と幸せが手に入るのであれば、本来こっちを選ぶのは当然な気がします。



ベースの幸福度を上げるにはどうすればいいのか?

では、一体どうすれば健康と幸せが手に入るのか?

これが簡単なら誰も苦労はしていない訳です。

が、さっきしたコスパの説明からも分かるように、健康と幸せはある程度セットになっていて、生活を質が高くシンプルなものにすることで、半自動的に得ることができるようになっています。


まとめるなら、以下のことを実践しましょう。

・体に負担がかからない、良いものを食べる
・嗜好品が欲しくならなくなるのを待つ
・没頭できる活動を見つける
・嗜好品を減らすことで生活をシンプルにする


ポイント1:嗜好品も少しだけ摂ること

ポイントなのは、「嗜好品を完全にシャットアウトするのはやめた方がいい」というところ。

高揚感、没頭、満足感、休息。

これらはどれも、人生を飾るスパイスとしては必要なものです。

例えばお酒は、ウイスキーなら抗酸化作用があるし、日本酒はアミノ酸やビタミンB群が含まれているし、芋焼酎には血管を柔らかくする効果があります。

体に悪い側面ばかりのものだけではありませんし、あまり悪いものが入っていないものを選べば、そこまでかたっ苦しく考える必要もないのです。

あとは食事のバランスが整っていれば、「少しずつ」嗜好品を減らしていけばいいと思います。


ポイント2:期間を決めて本格的にやってみる

「健康になば、その分幸せになれる」なんて言われても、一度味わってみないと実感が湧くわけはありません。

なので、例えば一年間と決めて、その間だけ本格的に健康的な生活を取り入れてみるのはかなりオススメです。


僕は、大学生の時に一年間だけ、休学せずに毎週5日間、水商売をやっていたことがあるのあります。

あの時に期間を決めていなければ、きっと僕はだらだらと仕事していたに違いありません。(何しろ体力的にきつかったですから。)

それでも比較的長い期間集中力が続いたのは、「その期間だけ」と自分で決めていたからだと思います。

これが健康の話なのであれば、一年間経った頃には体の軽さを感じ、イキイキとした自分がやめられなくなっているはずです。


ポイント3:短期間で一気にやるのはやめとけ!

覚えておいて欲しいのは、「短期間でのダイエットは不健康だ」ということ。

あれには「ホメオスタシス」と呼ばれる「元の状態に戻ろうとする力」が働くので、非常にリバウンドしやすいです。

地面に叩きつける様なことをする(ムチを打つ)からバウンドする(アメが欲しくなる)んですね。

なので、一年間とか、半年とか、ちょっと長めの期間をかけて実践してみるのが良いです。



まとめ

アメを食べすぎるから、そこから健康になろうとするとムチを打たなければいけない様な感覚になり、ムチを打つから、アメが欲しくなる訳です。

そもそも「飴と鞭」っていうのは、人の気分を上げたり下げたりする中で操ろうとすることを言います。

世の中には、嗜好品や短期的なダイエットなど、飴と鞭みたいなものがゴロゴロしているので、それに操られずに、本来やるべきことを淡々とやっていれば良いだけなんですね。

操られないためにも、自分が何を着て、何を食べ、どこに住むのか?という「自分の生き方」を真剣に考えてみてください。

それによってブレなくなれば、本当に自分のためになることを選択する様になりますし、精神も安定してきます。


没頭できる活動については、文字数が多くなりすぎるので書きませんでしたが、これも見つかればかなり人生に貢献してくれるので、ぜひ見つけてみてください。


それでは、ありがとうございました。

バンカラ道をよろしく。