江戸時代の続きが開始。鳴かぬなら、恋の季節に、ホトトギス

金原です。

織田信長→明智光秀→徳川家康

こういう順番で流れた時代がありましたが、実は最近もそうでした。


なぜかって?

江戸時代が終わってから白人たちとバチバチやってたからです。


今、2020年から再び分断の流れになり、やっと江戸時代の続きができるわけです。

さて、どういうことでしょう。

大正→昭和→平成

大正からの世界大戦中における鬼畜な軍国主義。

これが織田信長。

鳴かぬなら
殺してしまえ
ホトトギス


昭和中期以降からの経済発展は、上下関係が酷かった。

これが明智光秀。

鳴かぬなら
鳴かせて見せよう
ホトトギス


平成からの待てども待てども教養が無いせいで変わらない消耗戦。

これが徳川家康。

鳴かぬなら
鳴くまで待とう
ホトトギス


で、平成は文化的にも経済的にもダメダメで、そのまま不景気の令和に。

これ以上の解説は要りませんね。

令和の歌を詠むなら?

令和に入ってすぐ、コロナ禍で自粛騒ぎ。

若者たち、いや、全ての人から「恋心」が失われていきました。


恋というのは、「思いこがれる気持ち」のことで、異性に限りません。

つまり、欲求や夢。


こんな豊かな国で、ストリートファッションの様な適当なお洒落を「わざと」する様になりました。

恋人はいらないとか、結婚しなくて良いとか、それは全部「自分だけが幸せなら良い」って話。

このままでは、いづれ日本人は地球上から居なくなります。


そこで、令和はこの歌でしょう。


泣かぬなら
恋の季節に
ホトトギス



これだけだと気持ち悪いので、解説します。

それは、町おこしと国おこしの話。

政(まつりごと)でございます。

政の仕組み

日本は元々政の国であり、それで栄えた結果として、商人の国になるわけですね。

で、政というと陰陽師や役人の仕事だと思われがちですが、それが実際に起こる時の「当事者」は違います。


政ごとが必要なのは、人々から教養が失われ、堕落・腐敗した今の様な時代です。

その時、一点の花が咲きます。

これが、いわゆる「色男」です。


要るするに、学問と修養、健康の営み、武芸の嗜み、人前での興行。

これらが達者で、たった一人で多くの町民を元気にできる様な、そんな男。

噂が噂を呼び、帝のところまで話しとる様な。

最後には、天皇から直々に名前をつけてもらえる様な。


男を磨くと色が出て、花には甘い蜜が蓄えられるんです。

すると、社会の働きバチである女性たちが集まってきたり、目覚めたり。


「お洒落しなきゃ!」
「恋しないとね!」

と、夢と人情のある心を取り戻すんです。

さらに、働きバチは周りの花に花粉を届けにいきます。

つまり、他の男衆を育てるのです。

元禄文化で言えば、花魁(おいらん)的立場の存在。


後は、男→女→男→女・・・・

と、波紋が広がっていく感じ。

お洒落と恋でどうして政なのか?

笑顔のない、元気のない人には、商売も組織運営も向いていません。

それだけの話です。

つまり、人を磨けば商売につながると。


花びらの色を出すには、「イロハ坂を登る」ことです。

ここには天地人の順番がありまして、実際には「イ・ハ・ロ・イ」の順番。


【イ】は天で、命が始まるところであり、最後にたどり着くところを指しますね。

良い未来とか、異する自分とか、偉業やら、逸話とか、偽るとか。


【ハ】は地で、生まれ落ちるところであり、下積みが始まる所を指しています。

八卦とか、八方位とか、ピラミッド(▲)の積み上げとか。


【ロ】は人で、実は「漢字の口」を指し、外に向かって発信していく意味です。

歌とか、舞踊とか、文芸でも良いです。


さてどういうことか。

つまり、こういう流れ。

始めの色男が勝手に歩むイロハの坂とは。


⒈(イ)まずは将来の自分や、そこから明るくなっていく世界に恋焦がれ、夢を見る。

衣食住で言ったら、衣なので、まずは自分の心身と服装から正していく。

要するに、自分ごとから整えていく。


⒉(ハ)良し悪しや真理・知恵などの教養を身につけるために、「周り道」をします。

急がば回れで一周して、帝王学的な見知を表す八要素を学んだり、それを実際に見たり味わったりして、腑に落とす。

学生の本来の仕事で、家事(住)も同時に学ぶタイミングすね。


⒊(ロ)これはアウトプットです。

文章や言葉、歌のみならず、体を使った行動で体現していく。

結果的には、それぞれの「武芸」を嗜み(楽しみ)、技能と立ち振る舞い(食→職)を身につけ、人前に出る準備をする。


⒋(イ)最後は、お洒落をして、出かけて、歌ったり踊ったり、恋をしたり。

「天のイ」に辿り着き、立派な男になっている。

自分の本当の姿で、キラキラ輝き、社会的に大きく活躍する。


腐敗した時代には、こういう人が居ないんですね。

つまり、人々に夢を与え、元気を与え、笑顔にする存在。


そんな人がいたら、いくらでも商売ができます。

地方からわざわざ会いに来る人がウジャウジャいます。

人々も元気に鳴るので、地域どころか国の景気も上々のV字回復です。


信用できない人には、もう一つお話ししましょう。

「いろはにほへと」の真の意味

色は匂えど(いろはにほへと)
散りぬるを(ちりぬるを)
我が世誰ぞ(わかよたれそ)
常ならむ(常ならん)
憂の奥山(ういのおくやま)
今日超えて(けふこえて)
浅き夢みじ(あさきゆめみし)
酔いもせず(ゑひもせすん)


色は匂えど
(人々が色香を出しても)

散りぬるを
(枝葉末節に散っていくのを見ると)

我が世誰ぞ
(この社会は一人一人の人間じゃ無いのか)

常ならむ
(これがこの世の常だ)

憂の奥山
(人生における憂いの山を)

今日超えて
(今こそ超えて)

浅き夢みじ
(大きい夢を見て)

酔いもせず
(それを当たり前と思って生きていくんだ)


☆意訳:

みんな魅力的になろうとするけど、ファッションとか、マーケティングとか、ペルソナとか、ブランディングとか、セールスとか、全部バラバラで、人間性が抜けている。

この世は一人一人の人間で成り立っているのに、その一人一人が、自分の色を出す花として咲いていない。

この世の常なのか・・・・。

人生の山を今超えて、大きな夢にトキメキながら、それを当たり前に生きていくんだ。

エデンの園、アダムとイブ、禁断の果実

まだ信用できない人に、とっておき。


エデン=江戸園
=江戸に咲く花々しい人々

アダムとイブ
=芽生える恋

禁断の果実
=二人の甘い時間


アダムの意味は、「代表的な男」だそう。

イブの意味は、「前夜」で、前触れ。

アダムの肋骨の一本からイブが生まれたとすれば、他にも骨は沢山あります。

つまり、他の働きバチも蜜を吸いにやってくる。

実際、りんごの中にも、沢山の蜜が。


始めの一人がイブだとすれば、新しい時代が「よーい、ドン!」と始まる、そのドン(親玉・色男・アダム)の元に、始めの一人が「蜜を吸いにくる」という現象が起こる。


後は当事者以外、しかも後になってからでないと分かりません。

最後に:ここでお終いにしておきます

今回の話は、他にもいろんな話が絡んでて、一個一個説明するわけにもいきませんし、僕もまだ勉強中です。

なので、ここら辺で終わりにしておきます。


よろしかったら、このブログのカテゴリ、「帝王学」の記事のなかに「イロハ」について話しているものがあるので、そちらをご覧ください。


それでは、今回はここまで。

ありがとうございました。