つべこべ言わずに感謝して、今日を楽しめば必ず幸せになれる

金原です。

今日は、ドアノブと照明のスイッチ、階段の手すりを掃除しました。

今回はその記録と、後半では「根本的・絶対的な幸せを手に入れる方法」についてお話しします。


幸せ薬を飲まないと幸せになれない、とか、結婚しないと幸せになれない、とかいう風に思っている人ほど、幸せにはなれません。

つまり、依存状態。

これがヒントです。

小さな所に大きな敵が住む

今回使う雑巾は床掃除にも使っているもの。

なので、念入りに洗ってから、洗濯洗剤を微量にたらした水で濡らしました。

硬く絞ってから拭きます。

今回吹くものは小さいですけど、箇所が多くて、案外時間がかかるものでした。

写真は5枚しか撮っていません。

数えるのも嫌ですw

でも、最後に雑巾を洗ってみたら、結構水が濁ってびっくししました。

この写真では分かり難いですが、薄いグレーにはなってます。

今みたいな、忙しくて物事に溢れた時代って、「小さいところ」を疎かにしがちなんですよね。

で、そこに問題が溜まっていき、目詰まりを起こす様になると。

それは、部屋の汚れかもしれないし、身体の血管かもしれないし、人間関係かもしれません。

ドアノブ一つにしても、その汚れを毎日触りながら、帰ってきて、疲れを癒そうとして、お客さんにも寛いでもらおうとする。

その時、空間の利用者一人一人が疲れをしっかり癒せるのか?というと、結構な疑問です。


毎日疲れが取れないとか、病気になるとか。

それは結局、自分の暮らし方とか、生き方とか、価値観とか、知恵とか、そういう内面にあります。

その大きな「邪気」が、小さな所に潜んでいるのです。

全ては自分の写鏡と思うと良い

疲れが取れないとか病気なのは、自分の生活が悪いからで、それは結局「自分次第」ということになります。

「掃除すると良い」という知恵との「ご縁」が無い人は、結局勉強していないか、ご縁を大切にしていないので、やっぱり自分次第です。


これを人のせいにした時点で、イライラし出しますし、人間関係も悪化しますし、何よりそれは、現実を変えられないと諦めたことになります。


イライラして他人を恨むのは、「その人が居なくならない限り自分の未来が悪いまま」と勝手に決めつけている証です。

その結果、排除したり攻撃したり、支配したりする。


身近な人に対して悔しい気持ちは嫌というほど分かりますが、これが要するに「悪魔状態」です。

どっちが正義か?というと、悪魔の方が負けなんですよね。


だから、今からするお話が必要です。

他人は関係無い。自分が楽しむだけ。

人生が成功するか?失敗するかってことには、「幸せ」が大きく関わってきます。

でも、それはまだ、第一段階目。

もっと上を行く人には、志や天命なんてものがあったりするのです。


運良く第一段階目の幸せに来て、そこで遊んでいるだけの人は、大抵「業」というものが強く、だらしない暮らしをして、身近な人に迷惑をかけます。

それに対して、志のある人はイライラしてしまう。


実は、このイライラの壁を乗り越えると、志のある人は大きく開運する仕組みになっています。

そのために必要なことをお伝えしましょう。


それは、「割り切り」です。

現実を変えるなら、自分のことに集中。

幸せな人っていうのは、割り切るのが得意です。

他人は他人で、自分は自分。

その中で、「自分がまず楽しむことの大切さ」を感覚的に分かっている人が多い様に見えます。


だからと言って周りの人に迷惑をかける自己中さと無神経さはあらためた方がいいとは思いますが。

でも、彼らはそういう人なんです。


なら、本当にやめてもらいたい「コレ」っていうものだけ、あなたの悪魔の炎を燃やして、やめてもらい、他のことは多めに見てあげましょう。


それに、結局、現実を変えるなら、自分ができることを楽しむしか無いんです。

やっつけたって仲間にはなってくれません。

敵だと思えば思うほど、相手は本当に敵になっていきます。

日本とアメリカの戦争みたいに、わざと負ける決心をするくらいでないと、仲間は増えないんです。


そして、「ああしなさい」「こうしなさい」ではなく、自分がやるべきことをやって、楽しんで、背中を見せること。

そこに人は集まって来て、むしろ向こうの方から、アドバイスを求めてくる様になります。

未来を信じれば楽しむ余裕ができる

さっき、「イライラは諦めの証だ」と話しました。

なので、「大丈夫!このまま進んでいけば、絶対良くなる!」という風に思えれば、気持ちが前向きになって、日常を楽しめる様になっていきます。


そのためには、「日々前進している実感を持つ」こと。

そのためには、「とにかく行動し続ける」こと。

行動が実感に変わり、実感が安心に変わり、安心が楽しむ余裕を与えてくれるのです。


そして、更にもっといい方法があります。

それは、「前向きに捉える」こと。


「大変だったけど、いい経験だったな〜」

コレをバージョンアップすると、「いやー、ありがたや、ありがたや」という様な「感謝」に変わります。


「この経験によって、コレからの人生がこんなに良くなる!」

こう思えれば、全てに感謝できるし、良い物事なら、人は楽しむことができるのです。


そして、それが良い物事か?を決めるのは、自分次第なんですよね。

最後に:修行と思えば全てが前進

修行ってなんのためにあるのか?なんですけど、これは何かのためにある「行為」のことでは無いんですよ。

修行っていうのは、「概念」です。


人生死ぬまで修行だと思えば、なんでも前向きに捉えることができます。

そして、魂(ここでは性格)が磨かれて、結局は自分が幸せになるし、志を果たすことができるんですから、みんなやったらいいんです。

まあ、やったらいいっていうか、「人生修行だ」と思えばいいんです。


そしたら、その瞬間から、「この畜生!」とか「この鬼畜が!」という風に感じなくなります。

つまり、イライラしにくくなる訳です。


修行とその他を分離しないで、むしろ修行の中に入っていく。

遊ぶのも、仕事も、家での暮らしも、寝るのも、全部が修行です。

なので、なおさら一つ一つを大切にしてください。


ありがとうございました。