金原昌史のプロフィール。世界の運命を変える活動に至るまでの道

初めまして、金原昌史(かねはらまさし)です。

夢や志を持って生きることは、恥ずべきことではなく、むしろ胸を張るべきことだと思います。

ですが、「人類一人一人の成長から世界の運命を変えていく」というのは、少し大き過ぎると思われるかもしれませんね。

僕のこれまでの人生は、志を育て、それを実現するための準備であったと言えます。

・父の死
・自ら課した9年間の苦行
・膝の靭帯断裂
・計6本の骨を折りながらラグビーをした半年間
・大学へ通いながらの1年間に及ぶ水商売経験
・過度の努力とトラウマによる精神病

例えばこの様な経験を積んできた中で、確実に育ってきた志、悟り、考え、今の活動。

ここでは、それらが一体どの様な経緯で生まれたのか?そこから何を学んだのか?今はどの様な考えを持っているのか?そして、これから僕ら日本人がどう生きていくべきなのか?などについて、お話しして参りましょう。

僕のことだけではなく、今の世の中のことや、その中ですべきことなどが学べる内容となっています。

長いですが、良かったらどうぞ。

母の教育と父の死から授かった「人類に“人の道”を示す」という志

タイトルからすると、「親が立派だったのかな?」と思われそうですが、そういうことではありません。

そこから学んでもらいたいこともあるのですが、志には、良い境遇から生まれる場合と、悪い境遇から生まれる場合とがあり、僕の場合は「悪い境遇」だったというだけです。

では、そのイバラ系の道から、一体どの様にして「人類に人の道を示す」という志が育ったのか?

まずは、それに関わるいくつかの話をしたいと思います。

母の命令教育が長い苦行(努力キチガイ)への入り口となった

僕は、大学卒業時点まで母親の言いなりで育ちました。

別にあれこれと様々な命令をされて来たわけではありませんが、下の2つに関しては絶対に譲ってもらえなかったのです。

・何かしらスポーツをやること
・正社員就職か大学卒業のどちらかをすること

小学1年生からのソフトボールクラブとスイミングスクール。

小学3年から中学卒業までのラグビークラブチーム。

中学校の部活で柔道。

高校でのラグビー部。

初めは嫌々やってましたが、小3で選択権を与えられてからは半分楽しんで、中2からは自ら望んでやる様になっていました。

スポーツをやること自体は、別にそこまで悪いと思いません。

しかし、その中で一つ問題が発生したのが、イバラ道のスタートラインです。

当時は気付きませんでしたが、僕はここまでの過程で、辛いことや嫌なことを我慢し続けることが普通になっていて、むしろ自ら進んで行う様になってしまっていました。

小学3年生か4年生の時に父が亡くなっているのですが、そこからの相乗効果で、「強くならなきゃ」という気持ちが芽生え、強くなるために辛いことを我慢し続けることが普通になっていったのです。

中学2年生の頃は、ブラック企業のサラリーマンか、自衛隊のレンジャーかの様なレベルの生活をしていた自負があります。

朝5時に起床して筋トレとランニングを行い、柔道部の朝練をし、休み時間にはおにぎりを食べるか自習、放課後も柔道部、帰ったら筋トレか学習塾へ。

土日はラグビーの練習があり、何も予定が無いのは日曜日の午後だけでした。

休みの無い完全なオーバーワークの日々。

運動や勉強のために自分を奮い立たせている時以外は、いつもげんなりしていたのを覚えています。

もっとひどいのは、高校2年生のラグビー部。

その頃から扁平足になっていた僕は、足の中足骨という骨(甲の骨)に疲労骨折を起こしたのですが、その報告をした時のコーチが、「こいつは使えねー奴だ」発言をしたのにイラッときて、その言葉に乗っかってしまったのです。

そこから半年間でした。

僕は朝起きた瞬間からやって来る激痛に毎日耐えながら、足を引きずりながら学校生活と部活動を行い、別の中足骨を順番に骨折しながら、合計6本の骨折を両足に起こすまで、その生活を続けたのです。

パンパンに腫れ上がった足をラグビースパイク(靴のこと)に突っ込み、紐を固く結んだことや、走ったり、ぶつかったり、押し合ったりするたびに、骨が動いて肉をえぐった感覚は忘れたくても忘れられません。

何も自慢にはなりませんが、とにかく完全に狂っていたのです。

大学へ進学した後も狂った状態は続きました。

それまでスポーツと勉強ばかりしてきた僕は、友達や異性と会話をすることがあまりなく、話すことが苦手になっていて、それを克服するために、2年生の時、新宿のメンズキャバクラで働き出したのです。

1年間、週5日間、片道90分の電車通勤、睡眠時間は3〜4時間程度。

授業が終わると急いで駅へ向かい、終電に乗れない日は、漫画喫茶で仮眠をとるか、外で女性に声をかけて回っていました。

あそこで見聞きした世の中の惨状も、忘れることはありません。

水商売をやめてからはやっと生活が落ち着きましたが、自ら望んで辛い選択をしていた期間は中学2年〜大学卒業の9年間に及びます。

この期間を「苦行期間」と言えば格好が付くかもしれませんが、決して評価される様なものでは無いです。

それに、僕にはまだ、「最後の試練」が待っていました。(後述します)

父の過労死が社会のあり方と人々の生き方に疑問を残した

先ほど父が亡くなったことを小出しにしましたが、彼は僕に様々なものを残した様に思います。

それは遺族年金の様な形だけではなく、僕の生き様とか、社会に対する気付きとか、色々なことに影響してきました。

死因は、仕事中に起こった心臓の急停止らしく、僕が思うに、父のそれは過労死である部分が大きいです。

父は係長クラスの人間で、毎晩遅くに帰ってきては、僕より先に起床し、朝早く出かけて行きました。

タバコも結構吸っていましたが、あの生活リズムと僕の経験を重ねると、「死んでもおかしく無いだろうな」と感じるのです。

なぜ父は、そこまでして働かなければならなかったのでしょうか?

生活費?養育費?将来の為?

大学で政治経済学部の労働経済学をやっていた僕は、当時から様々な疑問を抱えます。

日本は世界でトップの年間自殺者数であることを知り、就活自殺をしてしまう若者が多いことも知りました。

「コストのために働くなら、初めから学業や生活にコストをかけなければ、仕事がらみで自殺することなんてないのにな」と、大学に入ってから気付いた大バカ者です。

でも、それが、父が生前「ちゃんと勉強しておけばよかった」と嘆いていたらしいことの意味が、決して「大学出ておけば良かった」ということでは無いという証だと思います。

生活費、養育費、ローン、保険、貯金、車のガソリン代など、父がお金を流していた先は沢山あるはずですし、それは他のほとんどの家庭もそうでしょう。

ただ、その支払いのために奴隷の様に働き、最後に家族を残して死んでしまうことが、父の本望であったとはとても思えないのです。

僕はここから、今の日本人の多くは、自分が生きたい様に生きていないし、そのための勉強もしていないと悟りました。(2012年頃のことです)

もっと言えば、そのための教育も学校では全くと言っていいほど行われていないし、何かがおかしいと。

この社会が一人一人の人間から成り立っているのなら、それぞれが豊にならなければ、社会も豊かだとは言えません。

そして、その豊かさを生み出すには、人を育てる必要があります。

ちょうどその頃、インターネットが普及してきていましたから、「情報発信をするしかない」という結論に至りました。

国や企業に任せているのではなく、自分たちでやるしかないと思ったのです。

学校や受験勉強にかかる、お金と時間を使って読書をし、ブログやSNSを使ってインプット・アウトプットを繰り返していたら、それだけで物凄い量の知恵が身につくはずです。

その知恵があっての生活であり、健康であり、幸福である。

もっと言えば、その先には社会貢献活動や、何にも変えがたい尊い生き方がある。

大学を卒業した頃、そんな“人生の段階”にも気付き始め、「これを元にして新しい教育のあり方を広めていこう」と、そう思ったのも束の間でした。

精神病で一つの道が消え、考えと方向性が一つにまとまる

興味がある企業の採用試験で落とされた僕は、大学卒業後、もうアルバイトでもなんでもしながら、情報発信をしていこうと決めていました。

ただ、そうして活動を始めた矢先、苦行における最後の試練がやってきたのです。

それが、「統合失調症」という精神病でした。

僕の場合は「妄想型」というやつで、妄想と現実の境が分からなくなり、判断能力がなくなったり、異常行動に走ったりしてしまうものです。

最悪の時は、同級生の女の子におかしな誹謗中傷メッセージを送り付けてしまったり、夜に外で大声を出し、警察さんのお世話になったり。

なんというか、いてもたってもいられない、死にそうな気分でしたね。

結果、2回に渡る5ヶ月間の入院生活と、退院後の無気力な期間。

ブランクとは言っても、あれのおかげで精神的異常は確かに治りました。

努力のキチガイだった僕は、一日中パソコンにへばりつく日々に疑問を持たず、結局は苦行を終えた後もストレスを溜め続けていたのです。

それとはまた別で、扁平足と膝の痛みから来る「将来歩けなくなるかもしれない」という不安と、苦行期間のトラウマやフラッシュバックにも悩んでいました。

それらが限界に達したということなのでしょう。

良かれ悪かれ、それ以降は「余計なストレスを避ける」という生活基準から、正社員就職の道は消えて無くなり、考え方も一つにまとまることとなります。

その考えが、「人類それぞれが“人生を変える術”を身につける“修行”をした方がいい」というもの。

やっと「これだ」と思える考えにたどり着きました。(2020年に入ってのこと)

ここまでの話の流れと少し離れた内容な気がしますが、苦行や試練から得た経験が、今でも学びを与えてくれているのです。

次は、そうして苦行から悟ったことを、いくつかに分けてお話ししましょう。

9年間の苦行から悟った「人生を全うする為に必要なこと」

退院からの数年間で占いの勉強を少ししたのですが、それが僕の考えに大きな影響を与えました。

まず、自分で悟ったこととして、人類は個人それぞれが豊かになって、初めて社会が豊かになったと言えるわけですが、その「豊かさ」には、先ほど言った様ないくつかの“段階”があります。

↓1:温もりを知る   
↓2:学びに溢れる  (基礎)
ーーーーーーーーーーーーーーー
↓3:生きている
↓4:健やかである
↓5:幸せである   (成人)
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↓6:義に生きている
↓7:尊く生きている (立命)

実際には上の様な「7つの次元」と捉えてもらいたいのですが、この次元を高めていく中で豊かさを手に入れるということを一言で表すと、「人生を全うする」とも言えるのです。

そして、人生を全うするために必要なのが、「開運」するということ。

開運するとは、簡単に言えば「人生を変える」ということです。

開運はスピリチュアルっぽく聞こえる言葉ですが、蓋を開ければ全く現実的であるということが分かります。

人生を変えるのに必要なのは、下の様な3つの要素です。

・宿命を克服する
・運命を変える
・立命を果たす

これらが一体どういうことなのか?僕の経験を例に説明したいと思います。

宿命を克服しないと人生がとんでもないことになる

僕は、母の命令からスポーツ生活に染まり、ブラックに働く父の背中を見て努力キチガイの悪質を身につけました。

これは、自分で選ぶことができない「親からの影響」です。

そういった、自分では選べない初めから決まってしまっている境遇や環境のことを、「宿命」と呼びます。

生まれた場所や日時、名前、DNAなんかも宿命に入りますね。

この宿命は、生まれによっては非常に良いものかもしれません。

しかし、悪い部分がある場合には、そこをどうにか克服しないと、いずれとんでもないことが起こり、人生を大きく狂わされることになります。

それが、僕の場合は9年間の苦行だったり、怪我だったり、最後の精神病だったりしたわけですが、それらを“克服する”とはどういうことか?

宿命に対する克服とは、「自分の生まれ持った境遇や環境に決着をつけ、物事をハッキリさせたり、やるべきことを済ませたり、未来に活かしたりすること」を指します。

例えば、「清算」、「贖罪」(しょくざい)、「悟り」などが当てはまるでしょう。

僕の場合は、入院とその後の期間で精神異常を克服し、自分のやるべきこと(天命・使命・役目)を悟ったり、様々な学びのキッカケとして活かしています。

他にも、好きに生きていける様に母を説得したり、大学の費用を払っていたり、まだこの先も続くものまでありますね。

これを克服していなければ、いまだに精神病かもしれないし、家族関係が悪化しているかもしれないし、最悪の場合は一人暮らしの精神病持ち生活保護受給者だったかもしれません。

それで病院のカモにされていたら、一生入院生活になる所でした。

宿命の影響がどう出るかは、心に出るとか、体に出るとか、生活態度に出るとか、人によって様々です。

なので、何が親からの影響で、克服するべきなのか?を認識できる様になることが重要なんですね。

克服ができれば、むしろそのストーリーの中から社会の問題を学んだり、自分の役目を悟ったり、志を得たりして、人生の糧にすることができます。

学び、成長し、やり過ぎなければ、運命は変えられる

未来がどうなるか?

その結果は一つしかありません。

それでも、未来は自分の行い、努力、選択などによって、かなり大きく変えることが可能です。

その、常に変化する未来のことを「運命」と呼びます。

「命の運び」と読めば分かりやすいかもしれませんね。

よく巷で認識されている運命というのは、自分ではどうにも出来ない巡り合わせのことを指して言ったりしますが、それは宿命からの影響である場合もあります。

本当はもう一つ意味があって、自分が人生をどう歩んでいくか?というのも運命の意味です。

空中を飛ぶ蝶を運ぶのは、風でもありますが、「羽ばたく蝶自身」でもあるし、羽ばたき方によって辿り着く場所は大きく変わりますよね。

仮に、自分で考えず、選ばず、ボーッと生きていたら、宿命に支配された運命となります。

自分で羽ばたかない蝶が、風に吹かれて飛ばされる状態と同じです。

なので、羽ばたく(歩む)力や技術を身につけるために、学び、成長すれば、自分の好きな方へ進むことができる様になるわけですね。

そうして、自分の意思で、宿命から伸びるレール上からずれていくこと。

これが「運命を変える」ということです。

僕は高校ラグビー時代、3年間ある内の、ほぼ2年間を怪我した状態で過ごしました。

まともにプレーできたのは1年間ほどでしたが、怪我人生活中に読書して学んだことが身を結び、その短い期間で体力と技術を身につけ、最後は東海大学付属相模高校ラグビー部のファーストチームに選ばれることができました。

本当は、母と長い付き合いの彼氏さんから、とある整骨院を紹介して頂き、そこで手に入れた靴のインソールのお陰で疲労骨折が起きなくなったからというのもあるのですが、つまりこれが、「風と翼」ということです。

一つ注意しなければならないのは、鍛え過ぎないことですかね。

無理をすれば不調が起こり、分かっていても身動きが取れず、結局はボーッと生きた場合と同じ運命を辿ってしまうことになります。

なので、非常にザックリとしていますが、学び、成長し、やり過ぎなければ、運命は変えられるのです。(具体的な話は後述)

志と情熱があり、運命の変え方が分かれば、立命は果たされる

人は、人格が育つほどに「世のため人のために何かしたい」と望んだり、何かのきっかけで自分がやるべき役目を悟ったりします。

天命や使命、高次元の立派な願望、志。

そう言った自分の役目を果たすことを、「立命」と呼びます。

何かをやろうと決意することが志で、活動のための原動力が情熱。

あとは、運命の変え方が分かれば、そのために成長していけば立命は果たされると言えます。

自分の思うがままに生きていける様になるからです。

ただ、「どう成長すればいいのか?」を考えると、実は“2つのポイント”があります。

魅力



0 → → → 能力

・世界を味方に付ける「魅力」
・世界に働きかける「能力」

人生(運命)を変えようと思ったら、この「2つのベクトル」を両方伸ばしていくことが理想的で、最低でもどちらかを極めるか、バランス良くある程度伸ばしていく必要はあるでしょう。

まず、「魅力」というのは、人格とか、人柄のことです。

これが高まると、大勢の人が応援してくれる様になったり、人を通して色々と運が良くなったりします。

こっちのベクトルが長い人のことを、昔からの言葉だと、「徳人」と呼ぶらしいです。

次に、「能力」というのは、知恵とか、才能のことを指します。

これが高まると、例えばビジネスで成功したり、自分の力で何かを成し遂げることが簡単になって来るわけです。

こっちのベクトルが長い人のことは、「才人」と呼びます。

この両方のベクトルが長い人のことを「真人」と呼び、ここまで来れば、どこかの業界を一つぐらい動かすことは、そんなに難しくないはずです。

僕は徳人タイプの人間ですが、スポーツに関しては才人ベクトルも伸びていたと思います。

でなければ結果は残せなかったでしょう。

志と情熱に関しては、また別の機会に話せたらと思います。

とにかく、「世界を味方に付ける」ことと、「世界に働きかける」こと。

この両側面が必要なのです。

風と翼に例えたら、羽ばたくのも、風に乗るのも、遠くへたどり着くためには必要だということですね。

かくして僕は、どう生きていけば良いか?を学んだわけですが、それが分かると、途端に、それが分からないままの人達がどれだけおかしなことをしているか?が見えてきます。

個人的な人生を終えて見えて来た「日本社会のおかしな所」

僕はもう、個人的な成功には満足しています。

別にスポーツで大きな成功を成し遂げたわけじゃありませんし、ビジネスで成功したわけでもありません。

それでも、個人的な成功を成し遂げたところで、世の中がどうにかなってくれるわけではないので、もうあれでいいのです。

個人的な満足より、もっと重要なことがあります。

それが、この国や、世界の今と未来です。

僕はいつしか、自分の人生によって、社会を少しでも良い方へ変えていかないと、満足できない様になっていました。

きっと、そうでもしないと、父の死や、自分の苦労などが報われないからだと思います。

父にも母にも悪意は全く無かったので、ああさせてしまった今の社会、この時代を恨んでいるんですね。

僕の様な被害を受けている人は、他にも大勢いるはずです。

それをどうにか解決していかないといけません。

では、今の日本のどこがおかしくて、改善すべきなのか?

僕が気づいたことについてお話しします。

やりたい事も、やるべき事も、求められている事も、やろうとする人が少ない

現時点では、誰かが働かなければ、この社会は回りません。

なら、社会全体のことを考えないまでも、自分や知り合いの子供達の未来を思うだけで、「自分も働いて貢献したい」と思うのが人間ではないでしょうか?

ですが実際には、「生きて、遊ぶ、そのためにお金が欲しい、お金があれば仕事はしない、仕事を辞めて自由になるために働く」

今の社会はまだ、これだけしか頭にない人が多い様です。

この思考回路は、自分一人が良ければなんでも良くて、「俺はサボるから、お前らが働いて金集めてこい」と、他人に向かって偉そうに言っている様なもの。

実際、大企業の本社にいる社員や、上層部の役員なんかはこういう人が多いでしょうね。

下手をすれば店舗や工場などに勤めるマネージャークラスの人間もそうだと思います。

彼らがやりたいと望むことはなんでしょうか?

贅沢な暮らし、旅行、異性との関係、このぐらいです。

そこら辺の大学生とレベルが変わりません。

いい暮らしがしたいなら、初めから家事をしっかりこなし、人間関係が良好になる様に努めればいいですし、旅行ぐらい18歳の若者でもしてます。

みだらな異性関係がそこまで重要なら、若い頃、なぜそれに挑戦してこなかったのでしょうか?

きっと、どうすれば異性に喜んでもらえるのか?という、「人の心」が分からないのです。

そして、おじさん・おばさんになってから入って来る、汚いお金の力に逃げるわけです。

風俗系のお店や、インターネットにも乗っている売春婦たちの数の多さが、それを物語っています。

辿るべき人生を自ら踏み潰し、身動きが取れなくなる人ばかりだ

だからと言って、下の人間が上司を責められないことがあります。

勉強して、自分の好きな様に生きて、その中で、今の時代にやるべきこと、人や社会から求められていることをやればいいのに、「そうはしない」のですから。

本当は、好きなことのために働いたり勉強したりしたいはずなのに、塾にお金をかけて受験勉強をし、大学にお金をかけて進学します。

そうして奨学金という名の借金を抱え、返済のために興味も無い仕事を一生懸命に探すのです。

親は、塾の費用を払ったり、一人暮らしの大学生活を送る子供への仕送りのために共働きをするでしょう。

家庭によっては、子供を私立の幼稚園や中高学校へ通わせます。

共働きのために子供を保育所へ預け、ここまで来れば、もうお金は残りません。

結果、子供は家族や近所の住民たちとの交流経験が少なくなり、異文化を持つ人の心が分からなくなっていくでしょう。

特に、知らない何処かから来た異性の気持ちなど、全くわからないと思います。

ましてや、会社の上司や部下がどうすれば幸せに、働きやすくなり、生産性が上がるのか?など、もはや頭が回らないのです。

自分の家族との関係ですら困っているのですから。

離婚する夫婦がどれだけいるでしょう?

一緒に暮らした方が、コストはだいぶ安くなるのに、住宅ローンや奨学金の返済は済んでいるのでしょうか?

なぜ、実家を頼ることもできずに孤立して困っているシングルマザーがいるのでしょうか?

これらの状態を引き起こす大きな原因の一つが、「やりたいことをやらない」「生きたい様に生きない」です。

自分に嘘をつくことが、余計なコストを発生させ、そのためにやりたくない仕事をせねばならず、家族を犠牲にし、その元で人の心が分からない大人が育ち、家庭崩壊やブラック企業が一般化しています。

「自分の足に自分で重りを着ける」ことが正規ルートなら、それは「奴隷」か「囚人」よりもひどい人生選択と言えるかもしれません。

激変の時代にもロクなことを教えず、思考停止者を量産する学校&メディア

気付き始めは、周りの人を見下していたこともありました。

しかし、勉強を重ねると、「ここまでおかしな社会になってしまってもおかしくはないな」と、納得ができてしまうのです。

例えば、「学校とメディアがおかしい」というのは有名な話ですよね。

学校なら、人々の役に立つことをロクに教えていないばかりか、若者に借金を抱えるように進学を奨めて来ます。

メディアは、重要なことほど報道しませんし、平気で嘘やねじ曲がった情報を“わざと”垂れ流しますから、ある程度勉強を積んでからでなければ見ない方がいいです。

2020年現在では、これから社会が急変することを誰もが察知していますし、生き方もより自由になっていくというのに、学校は常に時代から遅れたことをやります。

仮に学校がまともだとしても、この「時代から遅れている」という部分は変わらないでしょう。

“過去のデータ”から統計を取り、専門家が分析し、その結果を待ってから、やっと教育改革だのと言い出すのですから、進学しないのであれば、高卒の学歴だけ取って、あとは家で読書でもするか、さっさと起業してしまった方がいいです。

メディアは、悪い権力者たちに支配されています。

もうメディアが何を報道したところで、無視した方が世のためです。

流れて来る情報に染まるのではなく、自分から必要な情報を取りに行きましょう。

陰謀論について語るページではないので、次へ参りましょうか。

ここに書いた日本のおかしな所は、日本という「地域」が解決すべきテーマですが、その“テーマ”というものは、それぞれの「時代」という時間軸の中にもあります。

次は、僕がこれまでに気付き、学んで来て、確実にそうであろうと言える、「今がどんな時代なのか?」についてお話ししましょう。

おかしな中にも流れがある。今とはどんな時代なのか?

立命を果たす際には「世界を味方につけ、世界に働きかける」ことが必要だと話しましたが、実は、その他にも「時代の流れに乗る」という重要な要素があるのです。

・その時代に求められたことをやる
・人々の動きや流行に乗じる
・物事のタイミングを見計らう

世界に対してやるべき事と、世界から求められている事があり、それに対して自分のやりたい事がある。

これらは時代によって変わっていきます。

なので、上記の要素から時間軸をとらえることで、時代を読み、やり方を変えることが重要なのです。

では、今の日本が一体どんな時代の流れにあるのか?お話ししましょう。

父の死から見えて来た「働き過ぎ」「使い過ぎ」「分け過ぎ」

父が40歳でこの世を去ったのは、恐らく過労死によるものだと話しました。

人が働くのには様々な意味がありますが、一番の基本になるのは、自分が「給料をもらう」という目的です。

給料は何かに使うために稼ぐわけですから、コストが低ければ稼ぐ金額も少なくて済み、働く量も少なくて良いことになります。

それなのに、死ぬまで働くということは、父、あるいはうちの家族が、会社を辞める余裕がないぐらい生活にコストをかけていた可能性が高いです。

母も看護師をしていたのに、ですよ。

我が家の家計が特殊であったわけではないのです。

しかし、それは同時に、社会全体がお金を「使い過ぎ」であり、そのために「働き過ぎ」であるという証拠でした。

父が亡くなってから、我が家には「遺族年金」というものが入って来るようになりましたが、この年金制度自体が初めから無くて、保険料の支払いが無かったとしたら、そもそも父は死なずに済んだかもしれません。

本末転倒です。

何故こんなことが起こるのか?考えた結果、理由は「分け過ぎ」しか思い付きませんでした。

これを説明するためのポイントは3つ。

・核家族が増えていること
・高学歴化していること
・人手不足であること

一人一人がアパートに住むより、大人数で大きな家に住む方が、コストは圧倒的に安いです。

なのに、現代は「自立」と「孤立」の意味を履き違えているのか?親子が別々に暮らす核家族の割合が激増してしまっています。

新婚夫婦だけで住宅ローンを払うためには、ある程度の高い給料と、正社員の肩書があった方が有利です。

すると、今の様に「50%程度」の若者が、大学や専門学校に進学する様になります。

そして、奨学金という名のローンを組み、住宅ローンとの「2重返済」が若くして始まるのです。

住居費と養育費だけでも十分高いコストですが、夫婦の奨学金と住宅ローンを合わせた「3重返済」のために、二人は“共働き”をします。

すると、幼い子供は保育所に預けられ、さらに「保育料」を支払うという、貧乏ロードまっしぐらな現代なわけです。

保育所には保育士が、大学や学習塾には先生がいますよね。

彼らの多くは、本当ならいなくてもいい存在ですし、そもそも昔はいませんでした。

それが、核家族化と高学歴化によって、人手不足になるほど過剰な「分担」をしなければならない状態なのです。

これがつまり、「分け過ぎ」であり、分けたそれぞれに対して「使い過ぎ」なのであり、そのコストを支払うために「働き過ぎ」な現代なのでした。

「金が全て」から「自分の時間と活動」の価値観へシフト

働き過ぎ、使い過ぎ、分け過ぎ。

これらは、簡単に言うと「お金が全ての価値観」です。

お金をどれだけ稼ぎ、どれだけ使うか?…しか頭に無い、非常に偏った思考だと言えます。

生活から健康や幸せまで度外視しているのですから、そりゃあ問題が起こるのも当たり前。

ですが、そんな人々の考えも変わりつつあるのが今です。

「仕事ばかりでは無く、自分の時間が欲しい。」
「自分の好きなことをして生きて行きたい。」

今のところ、人々の頭の中はこんな感じであることが多くなっています。

メディアやSNSで「過労死」や「働き方改革」が話題になったり、生活全体に縮小化を図る「ミニマリスト」が流行ったり、副業を含めた起業が流行ったり。

パートタイマーや契約社員などの「非正規雇用者」の割合が増えたり、アルバイトの仕事がスマホのアプリから簡単に始められたり、「同一労働同一賃金」が始まったり。

最低賃金も上がり続けることを考えると、これから先、低所得者がより暮らしやすい世の中になっていくことは確かです。

つまり、就労による労働時間を減らしても生きていける人が増え、空いた時間で他の活動を始める人が増えるという訳。

自分の好きな様に生き、自分の人生を生きる。

そんな、「人生のスタートライン」に多くの人が立ったのが、2020年だと言えるでしょう。

余談ですが、「2020」の並びって、なんだかサーキットのスタートラインに雰囲気が似てるんですよね。(■□■□■□■□←こういうやつ)

それぞれが役目を全うし、協力してより良い社会を目指す時代へ

一人一人が自分の人生を歩む様になると、その後にはどんなムーブメントが起こるでしょうか?

自分の人生を生き始めると、人はまず「個人的にやりたいこと」をやり始めます。

今の時代的に言うと、趣味を追求して、出来上がった作品や、そこまでの過程、やり方などを、インターネット上にシェアしていく訳です。

そんでもって、できれば「趣味からお金を稼ぎたい」と思い、起業するための社会勉強をし始めます。

今の時代をどう生きれば良いか?が分からず、社会勉強を始める人も多いはずです。

陰謀論なんかの情報も普通にインターネット上に溢れていますから、そこから世の中の問題や、解決すべき点などが見えて来る人も多いでしょう。

そして、人々が自分の人生の次に意識し始めるものがあります。

それが、「世界の運命」です。

「この国、このままだとヤバいんじゃないかな?」
「世界の仕組みをどうにか変えていかないといけないな。」

今、こんな危機感を持っている人がどんどん増えてきています。

そこから、「個人的にやりたい事」だったものが、「世界のためにやるべき事」へとシフトしていくのです。

つまり、世のため人のためになることが、自分のやりたい事になっていく訳ですね。

これが、「役目に気付く」ということの一つです。

例えば、就職のための自己分析で、自分の人生を振り返り、「自分が本気でやりたい事が何か?」に気付く人も多いんじゃないでしょうか。

それと世界の抱える問題が繋がれば、割と簡単に自分の役目を悟る人は増えているでしょうね。

更に、2019年、時代は令和に移りました。

令和には複数の捉え方がある様で、「和する様に天から令が下る」とか、「見えない所で繫る」とか、「0になる(スタートラインに立つ)」みたいな意味があると言われています。

ここまでの話を踏まえると、以下の様な流れがあることに気付くでしょう。

・人々が自分の人生を歩み始める
・人々が自分の役目に目覚め始める
・人々が協力してより良い時代を創っていく

これがつまり、令和の時代であり、それを創っていく人々の「生き方」なのです。

次は、令和の生き方について、具体的にどうすれば良いのか?そのポイントをお話ししましょう。

人格と知恵がものを言う令和の時代に心得るべき生き方

令和を生きるポイントは以下の3つです。

・身軽さの為の「低コストな生活」
・修行による「本当の成人」
・志を叶える為の「社会参加」

では、さらっといきましょうね。

自分の特性を存分に発揮する為の「身軽さ」をキープする

自分の人生を生き、役目を果たしながら協力して時代を作っていく。

このためにまず必要なのが、「身軽さ」です。

毎月の支払いに追われていたら、仕事を辞めたり減らしたりするのが難しくなり、自分の人生に入ることさえ出来ないかもしれません。

なので、生活コストを低く抑え、そもそもあまり働かなくても生きていける状態を作るのです。

すると、空いた時間や余った体力を使って、新しい活動に挑戦できる様になる訳ですね。

小さくカットできるものはいくらでもあります。

・通信費
・住居費
・養育費
・車代(環境により)
・保険

スマホは、クリエイティブな活動をするわけでもなきゃ、「格安スマホ」で十分です。

一緒に住む家族や仲間がいれば、アパート2部屋の家賃で一軒家のローンが支払えます。

家族や仲間と協力して子供の面倒を見れば、保育所にはお金がかかりませんし、大学へ進学しなければ、受験勉強の代わりにアルバイトができます。

さっさと学んで、働いて、家のローン返済を手伝い、家族単位の貯蓄を増やしていきましょう。

その資金を、兄弟の住む一軒家を建てる時や、今住んでいる家のリフォームに充てればいいのです。

これが、「分けない」ということでもあります。

「今、新事業のために人集めをしてるんだけど、コーヒーでも飲みながら話を聞いてみない?」

「今忙しいし、お金もないので辞めときます。」

…なんてことにならない様に、余裕を作りましょう。

本当の意味で成人し、役目を果たす為の「修行」を行う

自分の役目に目覚め、他の人たちと協力して時代を創っていく。

その為には、一人一人が「自律した大人」として、本当の意味での成人を迎えておく必要があります。

もちろん、人によって向き不向きや得意不得意はあるのですが、生活面、健康面、精神面などにおいて、それぞれ自律した態度を持つことが理想的です。

そうすれば、「この人とはやっていけそうだな」と評価してくれる人が現れますし、他人と何か共同作業を行うことになったとしても、トラブルが発生しにくくなりますからね。

簡単に言えば「一人前」になるということ。

仕事を一人前にこなす。

自分で健康管理をする。

何にも依存せずに精神状態を保つ。

「大人ができて当たり前」と言うのは簡単なのですが、道ゆく人たちを見るだけで、それができない人だらけの時代だということがわかります。

日本人は、まだ時間に余裕を持ち始めたばかりですから、改善されるのはこれからの話です。

大人・成人とはどういうことか?を考え、「日々修行の意識」を持って過ごしましょう。

その姿勢自体が評価されることもあります。

自分で成長できる様になること、これが大人ということの一つですから。

志を立て、高次元の願望を叶えるために社会へ参加する

自分の役目を果たすには、志という名のベクトル(方向性)を掲げ、その上で社会参加していく必要があります。

仮に、「世のため人のために何かしたいです!」という熱い人たちが沢山集まったとしても、「で、何すんの???」となってしまったら、事が前に進みません。

やることが決まっていても、それで「どっちの方向へ進むのか?」という方向性がなければ、活動が大きくなるばかりで、志を果たすことはできないのです。

それでは「結局あまり世の中のためになっていない」なんてことになりかねませんので、まずは志を立てましょう。

志を立てるというのは、自分の役目・天命・使命などを悟る「前段階」だと思って下さい。

自分側から考えて、「僕はこれを成し遂げたい」と望む。

世界側から考えて、「僕はこれを成し遂げるべきだ」と考える。

この両面が揃ったときに、それが志となります。

次に必要なのが、社会へ参加するということ。

自分一人で読書や腕立て伏せをしていても、世の中は何も変わりません。

志というものは社会に向けるものですから、一人の人間として、「人に関わる」必要があるのです。

家族や他人に関わらず、人を大切にする。

友達や仲間を集めて、何か活動を始める。

事業を立ち上げて、他人の問題を解決する。

啓蒙活動をして、人々を育て導く。

こうした社会活動は、「世界を変える」ことであり、「人を変える」ことであり、「自分を変える」ことでもあります。

その3つのポイントで、それぞれ上手くいかないと、結局は志を果たすことにはつながりません。

実際、勉強や起業などの挑戦をしても上手くいかず、結局は何も成し遂げられない人も大勢いますよね。

では、自然に成功してしまう人と、努力していても失敗してしまう人、この両者の違いは何なのでしょうか?

次は、どうすればその差の正体と、差を埋める方法についてお話しします。

人類一人一人の成長から世界の運命を変える

成功する人と、そうでない人の違い。

それは、「運命」です。

人は「宿命→運命→立命」という“レールの上”で生きています。

ここで車線変更や路線変更をしなくても成功してしまう人と、その変更をしないととんでもないことになる人がいるのです。

残酷ですが、これが「運命の違い」なんですね。

様々な時代があれば、様々な人や、その人たちそれぞれの境遇があります。

それらの「組み合わせの良し悪し」によって、元々持っている運命に差が出てしまうのは、仕方のないことです。

ですが、一人一人が運命を変えることができれば、より多くの人が成功し、より良い世の中を実現することができるというのも、また事実。

なので、僕には「運命を変えられる人を育てる」という志があります。

運命を変えられる人を育てる

「運命を変える」とはかなり抽象的な表現なので、それだけ聞くとスピリチュアルなものと感じてしまいがちですが、実はそうではありません。

人生は常に「岐路の連続」だと思ってください。

「ここでボーッとしていたら、Bという結果になるな」

「ここでこっちを選択すれば、Aという結果になるな」

その分岐を自ら作り、より良い結果につながる方を選択していけば、それだけでも運命は大きく変えることができるのです。

現代、ここまで格差が大きくなった真の理由は、人々が勝手に自分の運命を決めてしまったことにあるでしょう。

→学校へ行き、就職し、退職後は年金で生活する。

企業という仕組みができてから100年ほど、ほとんどの人が、この「凝り固まった運命」を選んで来たせいで、お金の流れが固定化され、お金持ちのところへ溜まって行くばかりになりました。

大企業の資産が膨大に膨れ上がったり、役員や投資家へと報酬が流れ続けたり。

それは政治家のせいというより、人々と時代のせいです。

その宿命から外れて、自分の人生を生きようとするものが増えない限り、同じことがこの先も続きます。

世界のルールが変わる可能性もありますが、それでは結局、その時代に合わなかった人たちが貧しい人生のままです。

これはアフリカが貧しいままなのとも関係があります。

とにかく、一人一人が自分の運命をある程度操作できる様になることが、人類に対する本当の救いです。

決して神が与えてくれるものではありません。

なので僕は、これまで人類が積み上げてきた悟りや学問を役立てて、「運命を変えられる人」を育てます。

運命は「ご縁」を起点にして変わる

ここで、運命を変えるための“最大のポイント”をお話ししましょう。

それが、「ご縁」です。

一人でボーッと生きていたら、悟らない限り、人生はそのままの運命です。

悟ったときには失敗していて、もう後戻り出来ないかもしれません。

なので、何か、「地球にやってきた隕石に含まれる、新たな物質」みたいな要素があった方がいいのです。

・一人の人との出会い
・一冊の本との出会い
・いつもと違う展開
・見たことない景色

例えばそういう、様々な「ご縁」に恵まれることが、始めの第一歩になります。

人として成長すれば、より良いご縁、「良縁」に恵まれるでしょう。

その良縁を増やし、一つ一つを大切にすることです。(増やし過ぎるのは「管理が大変」というリスクあり)

そして、最終的にはこちらから良いご縁を与えることが、社会参加によって志を果たす上で必要になります。

つまり、“恵まれる”という「子供的状態」から、“恵む”という「大人的状態」へ成長すること。

これが、運命を変える時の最大のポイントなのです。

このページからも何かしらを学べるでしょうから、このご縁を大切にしてもらえたらと思います。

では、大人的状態に成長する上で、一体何を学べばいいのでしょうか?

僕らは何を学ぶべきなのか?

このページにも色々な情報が詰まっていますが、かなり簡単に説明しています。

より深く、真剣になって学ぶべきであろうことがいくつかあるので、まとめておきましょう。

・志の炎を燃やす方法
・人生を全うする開運の方法
・人間修行のガイドライン

まず、志の炎というのは「原動力」のことです。

気力がなければ何も手が付きませんから、これが無いと、素晴らしい知恵とのご縁も生かせずに終わります。

なので、志という器を作り、火を灯し、その明かりに導かれる様に活動しましょう。

次に、開運方法というのは「人生を変える方法」のことです。

そのために運命を変え、運命を変えるためにご縁を活用するのだと話しましたが、良縁に恵まれるために「どう成長し」、ご縁を「どう活かし」、良縁を「どう与えるか?」の解説はまだです。

なので、ご縁との付き合い方を学び、実際に運命を変えましょう。

最後に、人間修行というのは「真人を目指す」ということです。

徳人ベクトル(優れた人柄)と才人ベクトル(優れた能力)の両方を併せ持つ人を「真人」と呼ぶ訳ですが、そこまで成長するためにどんな修行を行えばいいのか?はまだ話していません。

自分の人生だけではなく、世界の運命に影響を与えられる人間を目指しましょう。

僕のプロフィールは以上になりますが、「じゃ、あとは一人で頑張って」なんて言いません。

ちゃんと“次のステップ”は用意してあります。(僕の志のためでもありますからね!)

学びの用意はできている。まずはココから始めよう。

僕からのプレゼントがあるというか、僕の志に参加してもらいます。

…とは言っても、無料のPDFをお渡しするだけなのですが。

ここにたどり着いた皆さんは、今日から「運命を変える」ということを意識して生きて行くはずです。

そのために行動しようと思っても、まだ分からない部分があると思うので、ここに今持てる僕の全てをまとめました。

この教材に載っているのは・・・

・あなたの人生がいかに変わるのか?

・成功する人としない人の決定的な違い

・志を立てて人生に方向性を持たせる方法

・情熱の炎を燃やして原動力を得る方法

・宿命を克服して自分の人生に入る方法

・運命を変えて人生に軌道修正を図る方法

・立命を果たして未練を残さず死ぬ方法

・真人を目指す人間修行のガイドライン

…などなど。

この教材から、皆さんのこれからが変わります。

そして、その波が広がって、世界の運命までもが、いたって現実的に変わって行くのです。

その波紋を、この日本から起こしましょう。

皆さんに、より良いご縁がやってきますように。

明日も心身を磨いて参りましょうね。

それでは、始まりです。

→無料PDF『人生と世界を同時に変える“運命操作術”』

追伸:

…と、ここまでを2020年1月11日に書き終えたのですが、PDFはこれからの作成になります。

前のプロフィールが酷かったので、早いですが、こちらを載せさせてください。

ここまでの感想や、意見、要望、相談などありましたら、こちらのメッセージフォームから受け付けております。

それでは、お楽しみに。