金原昌史のプロフィール

はじめまして、金原昌史(かねはらまさし)です。

ここでは、僕が今進めている「全人類義人化計画」にいかにしてたどり着いたのか?その思考経路を書いていこうと思います。


僕には「日本の教育環境を変えたい」という強い思いがあります。

そう思い始めたのは、高校卒業の時。

きっかけは、「運動部に力を入れている学校が、“アスリートを育てる教育”を全く行っていない」というところに気づいたことでした。



高校時代の痛い思い出

僕は高校卒業までの間、親の意向によってスポーツばかりしてきました。

地域のソフトボールクラブ、隣駅のスイミング教室、横浜のラグビースクール、中学の柔道部、高校のラグビー部。

そんな中で、「人の苦労」というものをある程度感じ取れるようになったとは思うのですが、1番辛かったのは高校でラグビーをやっていた時でした。


僕の足には、扁平足の原因である「運動機能障害」と言う若干の障害があり、そのせいで、ラグビースパイクを履いて「走っているだけで、疲労骨折による完全骨折」を引き起こしてしまっていたのです。

結果的には半年間、計6本の中足骨を折りながら、激痛に耐える学校&部活生活を送りました。


では、なぜそれ以降は骨折しなくなったのか?

それは、「骨折を予防する術」を知ったからです。


実はその時、母の知人からとある整骨院を紹介してもらいました。

そこで販売している特殊なインソール(靴の底に敷く中敷き)を試すと、なんと、足の運動機能が改善され、疲労骨折が起こらなくなったのです。

あの時ほど嬉しかった事はありませんが、同時に僕は「あること」に対して苛立ちを隠せずにいました。

それが、「学校教育のおかしさ」です。



学校教育のおかしなところ

これは人それぞれ感じる部分があるはずです。

その中でも、僕が当時強く思ったのはこれ。

「アスリートを育てたいくせに、アスリートの為の教育を行わないのはどうして?」


高校生当時、僕が通っていたのは、柔道や野球で有名な「東海大付属相模高等学校」です。

あそこは、大会で成績を残したり、優秀なアスリートを排出することで、知名度を上げ、全国から生徒を集めるという、完全に「部活を広告にしたビジネスモデル」だといえます。

それはいいことなのですが、なら何故、アスリートを育てる教育を行っていなかったのか?疑問なのです。

つまり、優秀なスポーツ選手を育てようとしているくせに、スポーツや健康に関する教育を全く行っていなかったという訳。


もし、僕に偏平足に関する知識や、それによる怪我を予防する器具についての知識があったとしたら、僕のラグビー生命は大きく変わっていたかもしれません。


僕は最近、長年悩まされていた膝の痛みがなくなったのですが、それは膝痛の原因を取り除くストレッチ方法を学んだからです。

もしこの学びがなければ、僕は早いうちに歩けなくなっていたことでしょう。

例えばこのように、人は教養を身に付けることで、運命を変えることができます。

それは、スポーツマンが競技力を上げ、試合で勝つという事にも通じるのではないでしょうか。

これは学校に通うすべての人に当てはまります。



教育の目的と現状のギャップ

教育の目的を個人の目線で考えたなら、それは「人格と知恵を身に付けること」です。

・人とつながり、社会に資するための人格
・生き抜いて、活動を進めるための知恵

この2つが揃って初めて、個人の繁栄と社会の繁栄は両立します。

つまり、人格と知恵が揃った人間が、「社会にとっての優秀な人材」と呼べるわけです。


・・・にもかかわらず、学校は「生き抜くための知恵」も、「それぞれの活動を進めるための知恵」も、ほとんど与えてはいません。

人格については、取って付けたような道徳の授業をやっているだけです。

例えば、家計や衣食住、子育てに関することなど、「学生の人生に近しいこと」なんて、全くと言っていいほどやってないですよね。

道徳の授業はやるようになっただけマシですが、今のやり方だと時間が全く足らないと思います。


そう、今の学校教育の最大の問題点は、全てを学校でやろうとすると「圧倒的に時間が足らない」ことなのです。


だって、学校側の人間は「生き抜くための力をつける教育が必要だ」なんてこと、分かっているはずです。

ただ、今の社会を成り立たせるには、国語算数理科社会みたいな基礎教育も必要なんですよね。(数学と社会はもっと簡単で良いし、美術と音楽はやらなくてもいいと思いますが。)

日本の教育について考える多くの人が、きっとこの壁にぶち当たっていると思います。


そこで思ったんです。

「どうにかして、個人が自分で学ぶための“道標”や、学習を最速化するための“地図”みたいなものを作れないだろうか?」



答えは占いにあった

いきなりタイトルが胡散臭くなりましたが、「ここからが本題」といってもいいです。


個人の学習を最速化させる地図と道標を作るためには、「数ある知識や学問をまとめて体系化する」必要がありました。

要するに、学習を「占い」にするという訳。


「は?占い??」

と思うかもしれませんが、いたって理由は明確です。


占いとは、そもそも「大量のデータを体系化したもの」です。

例えば、運勢や性格みたいなものを、大勢の人からデータを取り、生年月日ごとにまとめて言語化します。

そうすることで、占いを通して「人生を抽象的に把握する」ことができるようになるのです。


学習を加速させるためには、この「抽象的に把握する」という部分が欠かせません。

これは、本を読むときに「一語一句暗記するよりも、内容で覚えた方が早い」というのと同じことです。

そもそも、内容で覚えなければ、その情報は役に立ちません。

なので、「学習を人生に生かす」と考えたときに、教育と占いは非常に相性が良いことが分かったのです。


そうして僕は、大学卒業後位から「新しい占い」を作成するようになります。



帝王学を作るようになる

父が亡くなった9歳以降、僕には呆然とした「強くなりたい」と言う気持ちがありました。

それもあってか、学生時代の苦行に耐えることができたり、色々なことを自ら幅広く学んだりした訳ですが、大きいのは「悟るようになった」事です。(大学卒業後に精神病を患ったので、苦行はおすすめしません。)

特に、たまーにですが、頭の中で突然ドカッと情報が繋がったり、まとまったりすることが起こるようになりました。

そして実際に、23歳位の時から、頭の中で新しい占いが言語化されてきたのです。


今のところ、作ってあるのは以下の5つです。

・知恵と人格を高める「徳命学」
・全てを遊びに変える「遊義学」
・天命を覚って社会に変化を起こす「立命学」
・相手のレベルに応じた付き合い方を学ぶ「邪業学」
・仏教の六道輪廻を応用した占い

(占いと表現しているものは名前が未定です。)

後々調べてみると、占いによる学問のことを「帝王学」と呼ぶことがわかりました。

つまり、僕は帝王学を作りたかったのです。


頭の中に帝王学(占い)ができると、さっき言った通り、学習が加速します。

それに加えて、ある「2人の老人との出会い」が、僕の活動のベクトルを明確にしてくれました。



この世には愛と教養が必要だ

僕には数年間の停滞期があります。

大学卒業後に統合失調症になってからというもの、3年間ほど活動が全く進んでいなかったのです。

確かに、新しい帝王学(占い)を作ることはできるようになりました。

ですが、それによって「人々をどこに導いてあげればいいのか?」は、もやっとしたままだったんですね。


その霧を晴らしてくれたのが、とある70歳の女性と60歳の男性でした。

彼らとは別々に出会ったのですが、おっしゃっていることに共通してるのがコレ。

「愛をもらって育たないと人はダメになる」


2人の考えをまとめると、「人は、大人たちからの愛を知らずに育つと、心や知能に発達障害が発生し、生活に苦しんだり、自分勝手な振る舞いをするようになる」という感じです。

要は、愛が消えると社会がおかしくなるわけです。

下でつながり心でつながらない夫婦が増えたり、頭の中が貧乏なままの成金が増えたり、自分勝手な犯罪者が増えたり、その下で子供たちが被害にあったり。

これを繰り返します。


だから愛が必要だと言う話なのですが、僕はこれに加え、社会には「教養が必要だ」と思っています。


精神的モラルと実質的モラル

愛とは、わかりやすく言うと「精神的モラル」のことです。

つまり、心にモラルが溢れることを愛と呼ぶのです。

これに加えて必要なのが教養で、簡単に言えば「実質的モラル」のことです。


心のモラル(原動力)があったとしても、何をどうすればいいのか?が分らなければ、倫理活動は失敗に終わってしまいます。

そして、この「何をどうすればいいのか?」の部分が、つまりは教養なのです。


人格=愛=精神的モラル
知恵=教養=実質的モラル

今日出てきた単語はこんな風に対応していて、教育の目的に話を戻すと、それは「モラルを高める」ことなんですね。


日本語で言うと、モラルが高い人を「徳人」、モラルを重んじる人を「義人」と呼びます。

僕は、徳人もそうですが、まずは世界中で義人を増やしたいと思っています。

つまり、人類全体のモラルを底上げするわけです。



全人類義人化を図りたい

この世はまだまだ問題で溢れかえっていますが、その多くは、元をたどれば「人災」であったりします。

温暖化、ゴミ問題、紛争、孤児、難民、格差、搾取、レイプ、生活習慣病、障害児・・・。

挙げればキリがありません。

しかし、それらが本当に人災なのであれば、「世界中にモラルの高い人を増やす」ことで、問題の深刻さを下げることができるはずです。


・経済
・法律
・技術

この3つがどれだけ発達しようと、「人そのものが成長」しなければ、人災はなかなか減りません。

つまり、ここには「教育の発達」という新たな要素を追加する必要があるのです。


もし、教育によってモラルの高い人を増やすことができたなら、世の中はどう変わるでしょうか?

社会全体のモラルが高まるということは、あらゆる社会問題が減り、幸せな人が増え、人々の社会性や精神性が高まると言うことです。

人々が、たとえ他人同士であっても、心から見守り合い、お互いの幸せを喜ぶことができたら?

「地域のみんなでお祭りの準備をして、夜にそこで子供がはしゃぐのを見てほころぶ」

このような感覚が、地球全体に広がったら、すっごい幸せだと思うですよね。


いきなり徳人を増やす事は難しいと思いますが、モラルを高めようと勉強に励む義人を増やすことや、その勉強をするための環境を作りをしてあげることはできるはずです。

つまり、全人類義人化計画とは、「モラルを高めるための環境作り」をするということなのです。



実践型占いで愛と教養を広める

僕が作っている帝王学は、誰かに占ってもらうためのものではなく、「自分で実践していく」ためのものです。

学習を積み上げ、占いの内容を理解できるようになれば、むしろ「人を占って導いてあげる」側になって欲しいと思っています。


帝王学と一口に言っても、運勢占いや運命占い以外に、その人の性質や成長段階を占うものなど、様々です。

それらを学べば、人を見る目や世の中を見る目を養ったり、生活のバランスを取ったり衣食住を改善したり、他に対して「してあげられること」を増やしていくことができます。

その中で意識して欲しいのは、「自分の中の愛を育てる」という事です。


先ほども言った通り、モラルには精神的モラル(愛)と実質的モラル(教養)の2種類があります。

なので、占いを単なる情報として学ぶのではなく、そこから「作った人の心」みたいなものを感じ取って欲しいのです。

教養からも愛は育ちますが、それは論理的で堅苦しいもの、冷めたものとなります。

そこに暖かさを宿すなら、やはり「人からもらった心」が必要なのではないかと思うのです。


僕ももともと冷酷な方なのですが、できるだけこの暖かさというものが伝わるように、一語一語に心を込めて書いていきたいと思います。



相談などのご連絡待ちしてます

占いの方は完成していて、後はブログに載せるだけなのですが、肝心の「人を導く機会」はまだまだ少ないです。

なので、修行の一環と言う意味も含め、読者さん達の相談に乗れることがあれば、力になりたいと思っています。

可能であればお会いしても構いませんし、今はまだお金を取るつもりもありません。


とにかく、僕の夢は「占いを通して世界中の人がモラルを高められる環境を残す事」です。

そのためには、1人でブログを書いているだけではこと足りないかもしれません。

なので、この活動に賛同していただけた方がいたら、是非、メッセージをください。


最後に、あなたの愛と教養から、生活、肉体、精神が満たされ、仕事や人間関係が改善され、世の中が少しでも明るくなっていくことを願っています。

メッセージフォームと占いへのリンクを貼っておきますね。


→占い

→メッセージフォーム


それでは、長くなりましたが、お読みいただきありがとうございました。

バンカラ道をよろしく。