金原昌史のプロフィール〜9年間の苦行による現実的な悟りと夢〜

こんにちは、金原昌史(かねはらまさし)と申します。

このページを書いた現在、28歳の横浜市住みです。


僕は、9歳の時に父を亡くしてから、無性に「強くなりたい」という気持ちが強くなり、自ら9年間(中2〜大卒)の苦行に身を投じました。

その末に精神病を患ってブランクを経験するなど、中学生になってから病気が落ち着くまでは辛いことばかりだった気がします。


苦行の思い出は正直嫌なものばかりな上に失敗だらけなのですが、経験としてはとても良いものでした。

それが今の自分の考え方や生き方、志などの源として、大いに役立っています。


今では「人生は家庭生活から改善される」という考えに至りまして、家庭から人生を変える術や、生き方そのものを学ぶ「命改塾」を開きたいなと思いながら、活動の幅を広げているところです。

僕の活動が人々にとって少しでもプラスになればと思っておりますが、まずは僕が何者なのか?知ってもらえたらと思います。


ということで、今回は僕自身について、以下の3点を中心にお話ししましょう。

・9年間の苦行と病気
・現実的な悟りの境地
・「命改塾」創設の夢

詳しいことはこの中で語るとして、まずは苦行の話から。



9年間の苦行と病気

当時9歳。

父が仕事中に心肺停止を起こした夜、いきなり親戚たちが重苦しい雰囲気でマンションのリビングに集まりました。

僕はその時何も知らなくて、棺桶が家に運ばれてきた時は、いつまでもいつまでも声を上げて泣いていたような気がします。

僕は3人兄弟の真ん中なのですが、父が亡くなったことを受け入れた頃、なんとなく「母を男手で守らなければならない」という考えに至りました。


それもあってか、母から命令されてなのか。


僕は中学生になると、「強くなりたい」という思いから、小学3年生から始めた週末のラグビーに加え、平日の柔道部にも通うことにしたのです。


一人軍人生活の中学時代

始めは親からの命令に従っただけだったのですが、だんだんとその生活にのめり込み、中学2年生からは自主トレーニングも始める始末。

塾にも通い始めていたので、ブラック企業のサラリーマン並みに活動していたと思います。


平日の朝は5時起きして筋トレとランニング。

朝食を食べたら部活の朝練へ出発。

休み時間は自習をし、放課後は柔道部。

帰ったら筋トレか、食事を取ってから塾へ。

土日はラグビーで、休日は無し。

休めるのは日曜日の午後だけで、今思えば完全オーバーワークの「愚かな生活」だったと思います。


栄養を取るためと思って、日本人の体には合わない牛乳やホエイプロテインを大量に摂取した結果、しょっちゅうお腹を下し、肌はニキビだらけのボロボロになりました。

筋肉をつけるためと思って筋トレをしまくった結果、常に体力が尽きてげんなりし、むしろ筋肉が落ちるホルモンが分泌されて痩せ細りました。

友達との交流はほとんどなくなり、学校では勝手に孤立していました。

家族と会話する余裕もなく、母親から話しかけられてはイライラしていました。

体重を増やすために食べたくない食事を我慢して摂取した結果、ストレスの限界を迎えてしょっちゅう涙が溢れてきました。


何事も努力で解決すると信じていた訳ではないと思いますが、知識も知恵もない当時は、とにかく頑張ってみるしかなかったのです。


高校ラグビーは怪我生活

もう、僕は何かに洗脳されていたのかもしれません。

高校はラグビーのために自ら私立校(東海大付属相模高校)へ進学しました。


母に「本気でラグビーをやるけど、応援してくれるならしっかりサポートしてね。お金のことは分からないけど、家計がキツイならやらないから。」と話した上で、「よし、頑張りなさい!」というような返事をもらったことを覚えています。

ただ、現実は甘くありませんでした。(というか、狂っていました。)


先輩からのパワハラやいじりは当たり前。

一年生の夏に左膝の靭帯を断裂で1年後に復帰。

二年生では両足の中足骨を計6箇所疲労骨折で激痛の半年間。

足の歪みに気づいたのは三年生になってから。

まともにプレーできたのはたったの1年間。

それでも三年生でレギュラーメンバーに選抜されるその年の弱さ。

母も一杯一杯の生活をしていましたが、だったら「無理にラグビーの道へ進ませないで欲しかった」というのが本音でしたね。


とにかく、中学・高校時代は知識が浅く、耐えて頑張ることしか能がなかったように思います。

それでも筋は通してきたつもりですが、何しろ母が「お金が無ければ、それだけ働けばいいじゃない」という単純浅はかなタイプの人だったので、相性が悪かったのかもしれません。


そして、またも「高校卒業後は就職するか進学しなさい」という母からの命令により、僕は大学に進学することにしました。


大学と水商売の睡眠不足

大学(東海大学)へはエレベータ式で進学。


それまでの僕は友達(特に異性)とのコミュニケーションを取る余裕が無く、いつの間にか話すのが苦手になっていました。

そこで、「これではいかん」と思い、アルバイトは居酒屋と新宿のメンズキャバクラを経験することにしました。


居酒屋の時はまだ良かったのですが、メンズキャバクラはちょっとやり過ぎでしたね。

それまで経験してきた苦痛から、感覚が麻痺していたのだと思います。

昼間の大学と夜中までの水商売を両立し、始発まで帰れないから、漫画喫茶で寝るか外で女性に声をかける、なんて生活をしていました。

メンズキャバクラは週5で勤務し、睡眠時間は平均3時間。

本当にバカでしたね。


ただ、あそこで見て来た・聞いて来た世界から、世の中に対する「問題意識が芽生えた」のは収穫でした。

当時はただ「自分が成長したいだけ」という自己中な精神状態だったのですが、それが「世の中のために何かしなくては」という心持ちに変わったのです。


そうして、とにかく何かしようと思って、読書をしたり、ブログを始めたりしたのですが、その矢先に統合失調症という精神病になってしまいました。

自分の中で設定した苦行の期間は大学卒業時点で終わったのですが、最後に試練というか、関門が待ち受けていたのです。


統合失調症でのブランク

当時は確か24歳。

2回にわたる入院で、合わせて5ヶ月間病院にいました。

できれば自宅で療養したかったのですが、症状が最悪の時は夜に外で大声を出してしまったので、無理もありません。


きっと、それまでの家庭や学校、アルバイト先などでのストレスが、ここへ来て現れてしまったのでしょう。

確かにあの頃は、両足の骨が折れている激痛に耐える半年間の学校&部活生活がトラウマになり、一日に何度もフラッシュバックしていましたからね。


入院生活が終わった後も、病気の症状なのか、薬の副作用なのか、それとも入院生活の影響なのか?なかなかやる気が起こらずに、ブログの更新さえあまりできない期間が3年も続いてしまいました。

今も続けているパート労働は当時からできたのですが、家では完全に干物男でしたね。


それでも、26歳になったぐらいからだんだんとやる気を取り戻し、今に至ります。

今はパート労働をしながら、休日はブログを更新し、将来的な夢に向かって活動しているところです。


…とまあ、こんな9年間の苦行と病人生活だったのですが、ここから得られた悟りというものは非常に多かったと思います。

ということで、次の項ではその悟りについて、いくつか紹介するとしましょう。



現実的な悟りの境地

「悟り」と言うと、何だか神秘的な現象のように聞こえるかもしれませんが、僕の場合は非常に現実的・論理的なものでした。

その中には「余裕がなければ成長しない」とか、「人格や知恵が無いから貧乏になる」とか、様々な気付きがあるのですが、ここでは以下の3つに絞ってお話ししようと思います。

・知識・知恵・経験で変わる人生
・世のため人のため=自分のため
・全ては家庭生活が起点である


これらの気付きが今の志につながっているので、そのためのお話だと思ってもらえたらと。



知識・知恵・経験で変わる人生

これは、要するに「良い教育を受ければ良い人生になる」ということです。

良質の学びがあれば、わざわざ何年間も苦行をする必要なんて無くて、経験さえも疑似体験することができるんですよね。


僕は知識がない中でがむしゃらにやって来たわけですが、その中で「大きく成長したタイミング」があります。

それが、膝の靭帯を切って怪我人生活をしていた時です。


実は、とあるスポーツショップに売っていた、「スポーツ科学」に関する本を何冊か買ったことがあるのですが、これがメチャクチャ勉強になって、僕のスポーツやトレーニングへの取り組み方を大きく変えてくれたんですね。

スタミナの付け方、食事の取り方、筋肉を大きくするために必要な刺激の種類・・・。

それらの知識を得た後は、全く何も知らないでやっていることに対して「危機感」を覚えるぐらい、アスリートとしての取り組み方が変わりました。


詳しく語ると終わらなくなってしまいますが、とにかく、人は「知識・知恵・経験」の3つを学ぶだけで、大きく成長できるということ。

大人に話すと当たり前のように聞こえますが、これが幼い子供であるほど重要度が増す上に、人によって大人でも学んでいなかったり考えていなかったりする事柄がたくさんあるのです。


ですから僕は、「教育と学びの重要性」を訴えたいと思います。

そんな気持ちが、胸の奥からグワーッと沸き起こるような、そんな悟りでした。


世のため人のため=自分のため

これは、要するに「環境が良くなるほど自分がいい思いをする」ということですね。


・世の中
・他人

これらは、どちらも自分から見た「環境の一部」です。

その環境が良くなれば、自分がいい環境の中で暮らせるわけですから、「いい家に住みたければ掃除や庭の手入れ、ご近所づき合いをしっかりやろう」ということになります。


これはどこから得た悟りなのか覚えていませんが、僕は様々な人のお世話になって来ました。

それは日頃の行いとか、物の考え方とか、心の持ちようとか、そんな「人間の良さ」が目上の人から評価された結果のように感じます。(「それは人徳によるものだよ」と仰って下さった方もいます。)

だから何か?っていうと、自分が環境(世の中や人様)に対して尽くしたことは、環境(世の中や人様)を通して自分に返って来るということです。


自分がいい思いをするために人から搾取したり、人を騙したりする人がいますが、それは結局自分の「人生の意味」みたいなものを無くしますし、むしろ人生に「マイナスの評価」を付けてしまいます。

なら、「他のため」になることを、「自分のため」にやればいいのです。

その方が、単純に世の中発展しますし、より良い未来を見ることができて幸福なはずです。


全ては家庭生活が起点である

これは、要するに「環境と習慣を変えるしか人生改善の道はない」ということですかね。

人生は「出生・習慣・環境」の3つで決まるのですが、そのうち変えることができるのは「習慣と環境」であり、そこに当てはまるものとして特に大きいのが、「家庭生活」なんです。


先ほど「教育と学びが重要」と訴えましたが、家庭環境による「育ちの違い」によって、人の人生は大きく変わってしまいます。

例えば僕は、苦行が辛すぎて余裕がなく、母とのコミュニケーションが不足していました。

その影響もあって、親の命令に素直に従ってしまったり、「家庭がきついならラグビーはやらない」と言ったのに中途半端な結果になってしまったり、大学を辞めたくても大反対されて終わってしまったり、様々な問題が発生したのです。


人生は、このような家庭の問題が影響して、2次的、3次的な問題が起こることが多いです。

お金の問題とか、キャリアの問題とか、人間関係の問題とか、発達障害とか、最悪の場合は犯罪に染まるかどうかを決めてしまったりとか。


その根幹に当たるのが、「育ち」であり、「家庭」なのです。

そんな自分の学生時代における家庭の状況から学んだことが、今の志に生きています。


次の項では、今の夢についてお話しして最後にしましょう。



「命改塾」創設の夢

悟りの話では、以下の3つについて話しました。

・教育と学びで人生が変わる
・環境への行いが返ってくる
・家庭生活での育ちで決まる

ここから次の時代のために立ち上げたいと思ったのが、「家庭から人生を変える術を学ぶ塾」です。


これは、実際には「家から広げていく」というだけであって、「生き方」みたいな広いテーマを扱います。

今練っている構想では、「占い」「教育」「相談」の3つを柱にして、全体に対する教育と、個別へのコンサルを行う「駆け込み寺」みたいな場所が作れたらいいなと思っているところです。

「占い」を学んだことがない人には正直とっつきにくい部分があると思いますが、人の性格や人生、家庭環境などを見る上で重要なので、あえてこの文字は隠しません。


例えば、問題を抱えている家庭は散らかっていたり、ものが多かったりします。

それに対して「風水」なんてものがありますが、僕は「片付ければ運気が上がる」なんて、オカルトチックなことを言うつもりはありません。

同じ屋根の下で共有する空間を片付けるということは、「一人一人の生き方に筋を通す」ということです。

その片付けの中で、家族がコミュニケーションを取り、大事なことをしっかりと話して決めておく。

これが人生を大きく左右します。


他にも教義はたくさんありますが、例えばそんなことを教えるのが命改塾であり、そんな塾を開くことが僕の夢です。



最後に

今は命改塾を開くために、自分が作った教義を基にして、まずは自分が家庭を変えようと工夫しているところです。

教義の基になっているのがこちらの「徳命学」。

そこから知り合いの家へ伺ったり、家庭教師をしたりと、徐々に活動を広げていきます。


機会があれば、その活動結果や考え方の変化などを活動報告の方へ上げていこうと思うので、たまに目を通してもらえたら嬉しいです。


・僕の夢や活動に賛同して頂けた方
・僕に対する質問がある方
・相談に乗ってもらいたいことがある方

こんな人がいたら、ぜひ、メッセージフォームからご連絡ください。

とても励みになります。


読者さんたちの家庭や人生がそれぞれより上手く行くように願っておりますので、共に進んでまいりましょう。

それでは、長くなってしまいましたが、乱文をお読みいただき、ありがとうございました。

バンカラ道をよろしく。