自己中な思い出で成功者ぶるのは社会貢献しない負け組の害悪

金原です。

流行りに流行っていたSNSですが、一般人の使い方は多くの場合、自分の活動を自慢げにアップすると言うものでした。それは世界が抱えるあらゆる問題を無視して、自分のことだけを可愛がると言う、精神面では底辺の人間がやることです。

資源を浪費した結果を自慢したり、地球環境に負荷をかけた結果を自慢したり、途上国の労働者をこき使った結果を自慢したり。社会的に見れば良いことなどありません。マリー・アントワネットがそこら中にいるような、そんなカオスな状態です。

「ねえねえ、ママ見て、僕、こんなにすごいんだよ?」こんなガキな投稿はもう見たくありません。と言うことで今回のような記事を書きます。



今の先進国の繁栄は途上国の犠牲の上に成り立つ

特に日本の様な国が豊かに見えるのは、安いものを大量に消費すると言う「ファストファッション」が横行しているからです。それは裏で途上国の人間をこき使ったり、途上国の土壌を汚したりしています。

そう言う犠牲があるからこそ成り立つのが、現在の先進国の「過剰な豊かさ」なのです。人々はそれを知ってか知らずか、あまり意識せずに消費行動を行なっています。

それを最後にSNSで自慢すると言うことは、「私にはモラルがありません」「私には教養がありません」と言っている様なもの。それにいいね!ボタン押しちゃうのも同様な結果を生み出します。みんなお馬鹿なガキンチョだったと言うこと。



SNSで自慢ばかりする者ほど社会的な価値が低い

この傾向はSNSで写真を載せて楽しんでいる者にほどよく表れています。途上国のことや地球環境のことを意識していないが故に行動が活発になり、そう言う愚行を働きやすくなるのでしょう。

あれは何を求めているのでしょうか?自分が認められたい、評価されたいと言う個人的な感情ですよね。そこには社会的価値などなく、社会のために一生懸命働いている人たちから見ればどうでもいいことなのです。

それは子供が母親に「ねえねえ見て見て」とせがむのに似ています。小さい頃に親から相手にされなかったのかもしれませんね。どちらにしてもSNS「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」と言う割には社会的な価値の低い投稿ばかりだったのです。



人間のステータスは社会貢献している者の方が上

仮にいいね!ボタンを押してもらうことが一種のステータスであったとしても、人間を評価する上ではあまり良い得点にはなりません。わかりやすい数字を見ることで感覚が麻痺してしまっているのでしょうが、社会貢献している人にはかなわないのです。

個人の結果をアップしても、そこには一時的な喜びや嫉妬などの感情しか生まれません。社会の構造にも仕組みにも変化はなく、世の中は変わらないまま。嗜好品にかじりついているのと同じですね。嗜好品だけで人生を飾り付けるのはやめた方がいいです。

その点、社会貢献している人であれば、仮にいいね!ボタンの押される数が少なかったとしても、「価値のある評価」がされたことになると言えるでしょう。と言うか、御託を並べなくても社会貢献している人の方が偉いんですよ。それだけです。



自己中な思い出を撒き散らすのは害悪である

人は環境から学び、少しづつ洗脳を受けます。なので、周りの人間がSNSで地球や人類のことを考えない自己中な自慢ばかりしていたら、自分もそうするべきなのでは?と勘違いを起こしてしまいます。

と言うことは、SNSで自己中な自慢話をすると言うことがどれだけ社会にとって害悪なのかと言うことです。これは人気のある人ほど考えた方がいいことだと思います。

人気のあるアカウントというのは、それだけで、一種の「正しさ」に似た感覚をユーザーに刷り込ませます。そして、その投稿内容が社会にとって悪いことだとしても、ユーザーに「私もこうしたい」と思わせてしまう傾向があるのです。

真似されたら困りますよね。悪い文化がどんどん広がってしまいますから。地球や人類のことを考えない自己中な投稿は社会にとって害悪。やってはいけないことなのですよ。



最後に

これからの世の中、収入が高いことや友達に恵まれていることなどは成功の証にはならないと思います。そもそも人には趣向性の違いというものがあり、お金や友達の量などはどうでもいい人から見れば本当にどうでもいいことなのです。

それより大切なのはその人の行動が社会にどれだけ貢献しているかということ。社会の変化は全ての人にとって大切なことですが、個人の成功は社会的に見てどうでもいことになり下がります。

その社会性を身につけた者から見れば、自己中な自慢話をして喜んでいる人はむしろ「負け組」と評価される様になるでしょう。恵まれた国に生まれた人ほど恵まれるのは簡単なわけですから、そこにとどまっているだけでは凡人。負け組当然なのです。

早く先進国の人々の欲求の段階(マズローの6段階欲求)が最後の「自己超越」に到達すればいいと思います。

ありがとうございました。バンカラ道をよろしく。