【徳命学】人徳を高めて道を開く為の成長段階を学ぶ帝王学

金原です。

「人は金だけじゃない」

こんな考え方がありますが、これは大昔から多くの人たちが感じ、論じ、そして体現してきた真実なんですよね。

なぜか?って、それは「大金を持っていても人生の本質的な豊かさは手に入らない」からです。

お金で買えるものってたかが知れているし、権力を振るったり搾取したりすれば、大勢の人から恨まれます。

大金を手にした結果、お金を失う恐怖に怯えてしまったり、生きる目的を失って無気力になってしまう人もいるそうです。

そして、人生を共にする仲間はできず、人間・人生の豊かさからはどんどん離れて行ってしまう。

これは、いわゆる「次元」というものが低いままである証です(図中で言えば「生活〜健康」の辺り)。

表面的な形式では分からない「人間の本質的なステータスの高さ」。

それを高めないと、人が本当の意味で豊かになることはありません。

お金はお金でしかなく、物は物でしかなく、あなた以外の人間はあなたではないのです。

つまり、「自分そのものの質」を高めなければならないということ。

人としての質が高まれば、尊敬されたり慕われたりして仲間に恵まれるでしょうし、そこから人生が新たな展開を迎えて、結果的に資産が手に入ることもあるでしょう。

今回は、その質、人間性の高さを「7つの次元」として表した帝王学について解説して行きます。

名前は「徳命学」です。

こんな名前にした理由は、人生(命)が徳を積む(良い行いを重ねる)ことによって開かれていく物だから。

まずは、その「道を開く」ということの原理から解説させてください。

これだけでも人生が大きく変わるはずです。

徳を積むことで道は開ける

人にはなぜ、道を開く必要が出てくるのか?

それは、人が次元の高い、美しい願望(志)を叶えようとした時に、人間・人生・世界を、それぞれ変えなければいけなくなるからです。

どうしても変えたいこと、変えてあげたいこと、変えなければならない問題がある。

でも、なかなか変えられない。

そこから現実を変えて、未来を切り開いてく。

これが「道を開く」ということです。

そのためには、良い事(徳)をして、現実をより良い方向へ変えていく必要があります。

これは、逆に言えば、良い行いで現実を変えていけば、道は開けるという事です。

特にこの世は人間社会ですから、それこそ徳を積んで、仲間を増やしたり、周りの人に感化してもらって、動いてもらう必要があります。

つまり、全ては「徳積みに対する報いで決まる」のです。

では、どうすれば徳の高い生き方をし、徳を積んでいけるのか?

そこで必要なのが、今回解説する人生の次元、つまり、「人間性の質を高める」ということ。

7つの次元が一体どういう概念で、各次元毎にどんな特性を持っているのか?

また、どうすればその階段を上がって行けるのか?

これらを学ぶだけで、自分だけでなく他人のことがわかる様になるし、自分一人で、あるいはみんなで、どうやって成長していけばいいのか?もわかる様になります。

あなたの人生、大切な誰かのために、役立てていただけたら嬉しいです。

7つの次元それぞれの特徴

まず、人の成長段階は3つに分けることができます。

⒈人としての基本的な愛情や知恵を身につける「基礎」の段階。
⒉自分の管理を自分でできる様にする「自律」の段階(家を出て独り立ちするのとは違います)。
⒊徳を積んで志を果たしていく「立命」の段階。

要は、2本の脚で立ち、歩き、目的地にたどり着く、という感じの流れです(そんな単純では無いですが)。

この内、基礎の段階は僕が「享受」や「学問」と呼んでいる2つの次元に分かれ、自律の段階は「生活」・「健康」・「幸福」の3つに分かれ、立命の段階は「道義」と「尊行」に分かれます。

基本的には図中に赤字で書いてある「次元」がそれぞれどういう次元か?を覚えてもらえたら、それだけでも十分役に立つので、早く7つの次元について解説してしまいましょう。

⒈享受:愛情と知恵を授かる

一つ目の次元は「享受」です。

年齢で言えば0〜5歳の幼児の様なもので、基本的には「与えてもらう」立場にあります。

人は、この間に愛情の表れである「温かみ」を知ったり、目上の人から「知恵」を授かったりする訳ですが、今は保育所へ通ってしまうので、疎かになりがちな要素です。

最悪の場合は、愛情不足による精神の不安定さや、知恵遅れの発達障害を引き起こすこともあるので、子供への教育を行う上でまず初めに重要な次元となります。

この次元にいる人は、元気やヤル気がなかなか起きず、とにかく「怠けがち」です。

普段、昼間に疲れて眠くなったりしたら、それは一時的にこの次元へ落ちていると思ってください。

で、普段怠けているが故か、更に「甘えん坊」なところがあります。

愛情と知恵を与えていても、甘やかしていると、その人にとってはそれが当たり前となり、ここからなかなか抜け出せなくなることも。

つまり、享受の次元にある人は、「依存体質」になりやすいのです。

こういうものは幼い頃の親の影響が出ているので、ここをどうにかしないと上の次元に上がるのは難しいでしょう。

上がれたとしても、問題を放っておくと、いずれ何かよく無いことが起こります。

親目線で考えるなら、アメとムチはここぞという時だけでいいので、基本的には「愛情と知恵」を与えてあげてください。

お菓子を食べさせておいて「痩せろバカ!」と叱るのではなく、普段の食事を健康的なものに変えて、愛情込めて作ってあげる、とかの方がいいです。

普段の挨拶やコミュニケーション、その全てに愛情と知恵は含ませることができます。

享受のテーマとしては、怠けた生活や甘えた根性を自制する癖をつけるための「しつけ」が必要です。

幼い子供なら、まだ自分で立ち振る舞いを正すことができないので、親がしっかりしつけをしてやるべきでしょう。

しつけをしてくれる人がいないなら、自分で行儀を学び、普段から心がける必要があります。

しつけをする上で親に必要なのが、「なぜそうするべきなのか?という問いに答えられる様にすること」です。

子供も勉強熱心なもので、親が「こうしなさい」と言えば、よく「なんで?」と聞いてくれるのです。

ここで知恵を授けられなければ、子供は反抗期になります。

・愛情と知恵を授かるための次元
・元気がなく怠けがち
・甘えん坊
・しつけをしっかりするべき時

ここまでが1つ目の次元、「享受」の特徴でした。

⒉学問:集中的に学問を行う

2つ目の次元は「学問」です。

年齢で言えば、だいたい小学1年〜6年生(6〜11歳)で、できれば中学生くらいには通過しておきたいところ。

人は、この間に集中して学問を行い、「机上の知恵」を広げたり深めたりします。

とは言っても、ここで学ぶべきなのは現在行われている様な学校教育ではありません。

人間とはどういうものか?
人生とはどういうものか?
世界とはどういうものか?

この「人間・人生・世界」について学ぶべきなのが、この次元にある人。

これによって、人としてどうあるべきか?現代をどう生きるべきか?などを学ぶのです。

でもって、この次元にある人は、「遊びたくてたまらない」傾向にります。

ゲームや漫画などにどっぷり浸かりがちですが、その代わり、自分が興味のあることなら何でもとことん勉強して追求するところもありますね。

また、自分の好きなことにエネルギーを集中するので、「好き嫌い」が激しくなります。

やると言ったら泣き叫んでもやろうとし、嫌だと言ったらやっぱり泣き叫んでも避けようとする。

それは幼児の場合で、小中学生になると「ずる賢く」なったり、「無視」することも覚えるのが分かるはずです。

それらの傾向が見えてきたら、「愛情と知恵が伝わってるわね、良かった良かった」ではなく、しっかり学問(人間・人生・世界)をさせて、自分で考えて生きて行けるベースを作ってあげましょう。

そして、学問の次元のテーマですが、これは遊ぶ時と勉強するときの「けじめ」をつけなければならないというところ。

良く歩きながらゲームをしている子供や、スマホをいじっている人がいますが、あれは周りの人が神経を使うので、良く無いですね。

それだけでなく、端末をいじっている本人が「けじめのないダラダラとした人生」になってしまいます。

勉強する時は勉強に集中し、遊ぶ時は思い切って遊ぶ。

ただし、その時の判断の仕方は親が教えてあげなければいけません。

広いお店などで、周りに人がたくさんいるのにも関わらず、走り回ったり大声を出す人(青年も含む)がいますが、あれは親の影響が大きいです。

「こういう場合はこうしなさい。なぜなら云々だから。」

…と書くと、何だかしつけの様ですが、「場合による判断」をするという意味では、やっぱりけじめに入ります。

・人間、人生、世界を集中的に学ぶ
・遊びたくてたまらない
・好き嫌いが激しくなる
・けじめをつけさせるべき時

以上が2つ目の次元、「学問」の特徴でした。

⒊生活:生活をやりくりする

3つ目の次元は「生活」です。

年齢的には、中学生に当たる13〜15歳くらい、遅くても高校生には入り始めたいところ。

とは言っても、この次元は「生活をやりくりする」ものなので、労働と家事を完全分業している家庭や、子供が進学のために必死に勉強している家庭では時期がズレてきます。

それでも、時には家事の手伝いをして技術を身につけておいたり、最低でも「生活の知恵」を身につけておかなければ、自律する事はできません。

という事で、この次元は大きく「仕事」と「衣食住」に分かれる場合があります。

つまり、主に生活のためのお金を稼ぎに出る人と、家や生活の管理をする人に分かれることがあるということです。

ただし、それでは独りになったときに困ったり、家族と一緒でも融通が効かなかったりするので、ある程度バランスを取るべきだとは思います。

それで、この次元の人は、「生活のために鬼になる」ところがあります。

それが知恵なのか、人間関係なのか、精神面なのか、経済面なのかは分かりませんが、要するに「貧しさ」を含んでいるのです。

人は生きるためには必死になるもので、それこそ「鬼の様に働く」ことがあったり、「心を鬼にして」叱ったりすることがあります。

子供が道路に飛び出して車に引かれそうになった時、子供を叱り飛ばすアレです。

本当に貧しい場合や、切羽詰まった時には、家族を守るためや自分の利益のために人を平気で騙す人もいるので注意です。

そんな現実から抜け出せないでいると、この次元にいる人は豊な暮らしに「憧れ」を抱きます。

要するに、大きな家に住んで、マイカーに乗り、毎日お洒落をして、しょっちゅう旅行をして、美男美女を隣に置いて、サングラスをかけ、ドリンク片手に、笑顔の写真をSNSにアップしたい訳です。

何に憧れるか?は人によってズレてきますが、貧しい割には憧れの対象に対してお金を使ってしまう悪い癖があります。

つまり、見栄を張った生活をして、「理想と現実が並行している」のが一つの特徴ですね。

生活の次元にいる人のテーマは、ビジネスをするにしても、衣食住を整えるにしても、とにかく「習慣を整える」ことです。

生活習慣と一口に行っても、仕事・掃除・料理・食事・睡眠・運動・勉強・遊び…など、要素は様々ですから、それぞれの知恵を学んで、そして習慣として身につける必要があります。

特に生活以上の次元は、そこへ上がる度に「生活の質を見直す」必要が出てくるので、初めの基本的な習慣作りが肝心なのです。

家庭内での「大切なコミュケーション」は、食卓での下らない話よりも、家族会議の様な重い話よりも、普段の生活習慣の中で行われるので覚えておいて下さい。

例えば、妻が夫の仕事を思って元気が出る様にと、心を込めて作った料理。

そして、妻もパート労働があるから大変だと、家の掃除を手伝う夫。

こういうところから、共有する場所を散らかさない節度とか、お互いの思いやりなどがやりとりされていくのです。

それとは逆に、家族内の「重要なコミュニケーション」もある程度しておきましょう。

家族の経済状況、
子供たちがどう生きていきたくて、どこまで可能なのか、
時代の変化に合わせて計画をどう修正すべきか。

まずは家族の運命があって、その下にそれぞれの人生があり、それらが組み合わさって生活が決まる訳ですね。

・生活をやりくりする
・生活のために鬼になる
・憧れを追って行動してしまう
・生活習慣を整える時

以上が3つ目の次元、「生活」の特徴でした。

⒋健康:肉体面で健康になる

4つ目の次元は「健康」です。

理想としては高校卒業くらいまでには通過しておきたいところですが、現代は親子の知恵不足によって難しくなっています。

この間に、人は「肉体的な健康を体現する」のですが、それを「自分で管理できる様になる」というのがポイントです。

生活に関しては、大きめの家を片付けて3世代暮らしをすることもできますが、そこで食べて寝てを繰り返しているだけでは病気になります。

なので、肉体的な「健康を維持向上するための生活」を自分でコントロールできる様にする次元だということ。

で、この次元の人は、強くなったり、キレイになったりと、自分の「魅力やステータスを高めるために努力する」特徴があります。

堕落した人はお洒落だけして、豚に真珠で終わりですが、その上をいくと、自分の身体そのものを磨きにかかるのです。

そのため、美容や筋トレなどに興味を持つ人が多くなってきます。

すると、自分の身体に意識がいくので、「五感に近い肉欲を欲しがち」です。

それが良い方へ出れば、運動したり、ダンスをしたりして楽しむのですが、悪い方へ行くと、性欲や食欲に負けて、返って不健康になったり、体力を消耗したりします。

食べて、動いて、発散して、結局何も残らないどころか、体力を消耗して老けてしまうのが落とし穴。

これも知恵をつければ回避・回復できるので、食事・睡眠・運動など、「生活習慣の中身」を学んで行くべき時だと言えますね。

この次元のテーマは、「感覚を磨く」ことです。

神経を研ぎ澄ますと言っても良いかもしれませんね。

神経が研ぎ澄まされるほどの健康を手にすると、人は無条件に幸せを感じることができます。

それが自分の努力によって得られたものなら、「幸」ではなく「福」だと言えるでしょう。

それまで親などから与えらることで得ていた幸から、自分で掴んだ福へと移っていく。

これが本当の幸福(次の次元)です。

・肉体から健康を整える
・魅力UPのために努力する
・肉欲に負けてしまいがち
・感覚を磨いて無条件の幸福を得る時

以上が4つ目の次元、「健康」の特徴でした。

⒌幸福:精神面で健康になる

5つ目の次元は「幸福」です。

理想として、高校生〜大学生の前半ぐらいには通過しておきたいところ。

人は、この間に「本当の幸せとは何か?」を知ります。

ただ、今は明治以降からの欧米化や、戦後のアメリカ支配による堕落もあって、「何かに依存した幸せ」に偏りがちです。

この次元の人は、基本的に幸せで、精神的に余裕が出てきます。

健康の次元で身体の感覚が研ぎ澄まされると、次に意識がいくのは精神です(瞑想を本格的にやれば分かります)。

そこから心が養われ、他人や世の中への「愛情として溢れ出て」きます。

そして、何かと誰かのお世話をしたくなるので、看護師や介護士、保育士やその他の人を相手にする仕事をする人には多い様です。

愛情が芽生えた結果、この次元の人は「温かい夢」を持ちます。

例えば、幸せな家庭を築きたいとか、ペットを飼いたいとか、好きな人と旅行へ行きたいとか、身近な人を幸せにしたいとか。

ですので、色んなことに手を出しがちだったりするのですが、その夢のために一生懸命働くところがあるのは素敵なところですね。

ただ、この次元の人にも問題があります。

幸福の次元にいる人は、精神、心、つまり、感情を軸に動きがちなので、良い行いをしようとしても、「相手の立場に考えるのが疎か」になってしまうのです。

その結果、良かれと買ってあげた食べ物の中に、ものすごく体に悪いものが大量に入っていたりとか、あれもしてあげよう、これもしてあげようで、しっちゃかめっちゃかになり、「結局は迷惑をかけてしまう」ことも。

「空飛ぶ天使」の絵ってありますよね。

翼が生えていて、ビュンビュン飛び回りながらハートの矢を打って攻撃してくる(そして周りに迷惑をかける)。

まさにアレです。

なもので、幸福の次元にいる人は、「思慮・配慮・考慮をする」ということがテーマ。

例えそれが善意でも、自分本位の好き勝手ではダメで、やっぱり何が本当に相手のためになるか?を考えないといけません。

ここまでで学ぶことはできていても、実践の場ではなかなか頭が働かない人もいます。

感情で動くので、ついやってしまうのでしょうが、それでも相手のためを思うだけではなく、「相手のためを考える」ことを意識づけるべき時です。

・健康な心から愛情が溢れ出る
・夢のために頑張って動き回る
・考えずに動いて迷惑をかける
・思うだけでなく考えるべきと悟る時

以上が5つ目の次元、「幸福」の特徴でした。

⒍道義:志を立てて貢献する

6つ目の次元は「道義」です。

遅くても大学卒業(22歳頃)までには達していないと、社会人と呼ぶには相応しくないかもしれません。

人は、この間に「志を立てて、自分以外の何かに貢献する」様になります。

気持ちとしては、幸福の次元から既に何かしてあげようとは思っているのですが、何をどうすれば良いのか分からなかったり、自分が何をしたいのか分からなかったり、行動しても空回りで周りに迷惑をかけたりで、実りません。

そこから道義の次元に入ると、「実質的に役立つ」貢献へと移っていく訳です。

幸福の次元では、やりたいことが多過ぎて色々に手を出しがちだったのが、道義に入ると、自分の役目やいるべき場所を見つけ始め、そこに「落ち着く」様になっていきます。

多くの場合、それは就職や結婚であるのかもしれませんが、それはあくまで形式的な話。

実際には、モラルや社会貢献などについて、「どうすれば本当に人や世の中の役に立てるか?」を考えているのが、この次元の基本的な特徴です。

そんなものですから、道義の人は「志を立てて、それを果たすため」に活動しようとします。

別に、志がなければ道義の次元には入っていないというわけではなく、人によっては「この人についていこう」決め、その人を通して貢献活動を行う場合もあるでしょう。

また、志は途中で変わったりアップデートされたりすることもあるので、あくまで活動の「方向性」として持っているのが良いでしょうね。

道義の人は、他を想う気持ちと実質的な貢献とを持ち合わせているのですが、それでもまだ問題があります。

それは、正義感が先行して、やたらめったら「人を制裁(成敗)しにかかる」ところです。

最悪の場合、いじめや暴力に発展し、いわゆる「モラル・ハラスメント」になってしまうのが悪いところですね。

なので、人と人との間で「調和をと取る」ことがテーマとなります。

悪いことをしてしまう人や、仕事でつまらないミスを犯す人が許せないとすれば、道義の次元以下であることは間違い無いですね。

「許す」というのは、文字の成り立ちからして、その意味は無かったことにするということではなく、「世の中の上から下まで見て物を言う」ということ。

そこには本当に様々な人がいますし、それぞれが生きてきた生い立ちがあります。

その中で、親からの影響、社会からの影響を受け、様々な理由があって、悪いことをしてしまったり、あるいは、何か苦手なことがあったりするのです。

それは自分も同じことなはずですし、そもそも相手をやっるけることで気持ち良くなってるだけの自分だって、悪いことをしているわけなんですよね。

そういう色々があっても、様々な人達が様々な仕事をしてくれて、それで社会が成り立っている訳ですから、まずは「お互い様」、そして「お陰様」という精神を持って、「互いにフォローし合える仲」を作りましょう。

・実質的な貢献をする
・志を果たすために活動する
・正義感で人をやっつけてしまう
・物事の背景を学んで調和を取るべき時

以上が6つ目の次元、「道義」の特徴でした。

⒎尊行:それぞれの道に入る

最後、7つ目の次元は「尊行」です。

この次元は、人生の決まった形式的なターニングポイントが無いのですが、理想として、30歳頃までには達しておいた方が良いです。

人は、ここに到達すると、自分の「歩むべき道」みたいなものを見出し、自分が落ち着いた持ち場から「徳を積み続け」て、人生を切り開いていきます。

そこから周りの人を感化したり、すごい人は一つの会社や業界を丸ごと変えてしまうところまで行きます。

要するに、良い行いを重ねながら、「周りの人たちを導いていく」のが尊行の人ですね。

どうしてこの次元の人がそこまでできるのか?というと、自分の「命(限られた一生の時間)よりも大切な、価値ある活動」を見つけるからなんですね。

もちろん、志があるので簡単には死にません(むしろ必死に生きる)が、自分にとって「尊い生き方」を見つける訳です。

そういう「これ以上ない何か」といういう意味で、「絶」の字を当てているのであって、単に死ぬという意味ではないのでご注意を(〇〇のためなら死ねる、なんて表現がありますね)。

尊い行いの基準は人によってズレてきますが、軸にあるのは「徳を積めるかどうか?」というところ。

どんな仕事や活動をしていても、それが何かしらの形で、人や世の中のためになり、自分も喜びを感じることができる。

要するに、「仁」の心で「WIN – WIN – WIN」(自分、他人、世界)の状態を作れるかどうか?が、尊行の人が持つ行動基準です。

この次元にはテーマがない様にも思えますが、「徳を積んで道を開く」というのはとても難しいもので、自分の志を優先してしまうと周りを巻き込むことになるし、周りに合わせていたら何も進歩しなかったりします。

なので、全人類が「共に栄える」ことを念頭において、その理想に近付いていくのが、この尊行なのです。

そこで、この次元の人は「どうすれば皆んなで一緒に前進することができるのか?」を考え、学ぶべき時だと言えます。

学問のところで学んだはずの、人間・人生・世界の真理。

これを今一度本格的に学ばないと、この次元の人がやろうとしている壮大なスケールの志を果たすのは難しいでしょう。

人が、人生が、世の中が、どうすればどうなるのか?を学び、徳を積むことに役立てる。

その「行いに対する報い」として、道は開けます。

・歩むべき道を見つける
・徳を積むために活動する
・道が優先されると周りを巻き込む
・共に栄える方法を学ぶべき時

以上が7つ目の次元、「尊行」でした。

道の為より徳の為に生きる

ここまでで7つの次元についての基本的な解説は終わりなのですが、一つ付け加えておかないといけないことがあります。

それが、道を開くために徳を積むのか?それとも徳を積むために道を開くのか?という大切なこと。

「徳を積んで道を開く」という軸においては、人は2段階に分かれるんですよね。

⒈自分の人生を変えるために徳を積む
⒉徳を積むために自分の人生を変える

母ライオンが2頭の子ライオンを連れ、飢えながらの狩をしているところを、テレビで見たことがあります。

その母ライオンが先に仕留めたのは、小さな子供のガゼルでした。

すると、母ライオンは全部自分で食べてしまったのです。

でも、それは次の狩でより大物をとらえるために、体力を蓄えているのでした。

そして見事、次の狩も成功し、2頭の子ライオンもお腹を満たすことができたのです。

こんな感じて、まずは他人よりも自分の現実をどうにかしないといけないし、自分を変えられないで他人を変えようとするのも難しいというか、おかしな話ですよね。

だからと言って、「まずは自分が大金持ちになるために、大勢の人から搾取しよう!」っていうのはどうなの?って思いますけど。

とにかく、まず初めは「道を開くために徳と積む」で良いのです(というか、そうせざるを得ない)。

そうやって周りに迷惑をかけてしまうことがあっても、多少なら多めに見てもらえるのが、子供や若者、貧しい家庭の人たちなどです。

そして、余裕が出てきたら、「徳を開くために道を開く」の状態に移っていきましょう。

そして今度は、自分が「多めに見てやる側」になる訳ですね。

徳積道開(とくせき・どうかい)の解釈を、「徳を積んで道を開く」から「徳を積む為に道を開く」へと移していく。

これが徳命学の真髄です。

次元を高める方法

では、各次元をどうすれば上がって行けるのか?

その方法をお伝えしましょう。

自分の次元を高め、周りの人の次元を高めてあげる。

そうすれば、とっても生きやすく、暮らしやすい、豊な人間関係に恵まれることができます。

⒈享受:知恵と愛情を授かる

そもそも、享受の次元は、知恵と愛情を授かることで基本的な人格を養うためのものです。

ですが、その「境遇に恵まれない子供がほとんど」なのが現実なので、どうにか自分から授かりに行かなければいけません。

そこでできるのは、こういったこと。

・素直な態度で人と接する
・目上の人の話を聞く
・偉人の言葉を参考にする

人がどういう人に愛情や知恵を与えたいと思うか?ですが、残念ながら、悪ガキや不貞腐れている人は相手にされません。

現状、世の中を見ると、次元の高い人がごく稀にしかいないからです。

なので、まずは自分が「素直」であること。

そうすれば、周りの人は良い気になって(表現が悪いのではなく事実)愛情と知恵を授けてくれます。

幼い子供が自ら素直にならなければ、与えてもらえない愛情と知恵。

大人が育ててあげないといけないのに、そんなのはおかしいですよね?

このおかしさに気づけば、反抗期(学問の次元で起こる好き嫌いの明確化)にはなるでしょうが、すぐに享受の次元を抜け出せます。

もし、本当に愛情も知恵も与えてくれる人がいないなら、偉人の言葉から学んでみましょう。

そこで学ぶべきなのは、ノウハウではなく、「人生訓」、「格言」というやつです。

次元の低い人が「人を動かす方法」みたいなことばかり学ぶと、どんどん悪人になっていくので、「精神的なこと」からも学び、自分の愛情を育ててください。

⒉学問:遊びと人生を一体化する

続いて学問の次元ですが、ここの人が抱えている問題は、「遊びと勉強が分離」していることなんですよね。

「遊びは好きだからやる!」
「勉強は嫌いだからやらない!」

「お母さんは好きだから手つなぐ!」
「お父さんは嫌いだからあっち行って!」

こんなんです。

反抗期の様な態度の表れは悪いことではない(教育の仕方には問題がある)のですが、「遊びと勉強」は統合していかないといけません。

でないと、自ら望んで「主体的に学ぶ習慣」が身につかないからですね。

ではどうすべきか?

それが、「遊びと人生を一体化する」ということ。

遊びというのは、「好きな様にして楽しむこと」です。

なら、結婚も、子育ても、そのための仕事も、学業も、全て自分で望んでやっているのであれば。「それは遊び」なんですよね。

ですから、子供にはできるだけ早く「自分の人生を意識」させましょう。

「将来苦労するから、今のうちに(学校の)勉強しておきなさい」

こういう考えの人は今も多いかも知れませんが、これでは話がフワッとし過ぎて伝わるものが少ないです。

なので、そもそも人生とは何か?を教えてやり(学び)ましょう。

人生を意識させるというのは、「死や病気などの苦しみや後悔に気を向ける」ということです。

・死にたくない
・病気や怪我をしたくない
・死ぬときに後悔したくない

こういう負の気持ちがあるからこそ、

・長生きしたい
・健康でいたい
・幸福な人生にしたい

と真剣に願い、家庭を築く人もいれば、事業や社会活動をする人がいる訳なんですよね。

けじめをつけて遊ぶのは良いことですが、それを玩具やゲームではなく、「人生という舞台に昇華」しないと、本当の楽しみは見つかりません。

でないと、遊んでいるとき以外は不幸で、自分のためになるはずの勉強さえも苦痛になってしまいます。

なので逆に、その子(あなた)が死や苦しみと向かい合って、

・どんな人になりたいか
・どう生きたいか
・どんな世の中にしたいか

という様な「願望」を持つ様になれば、勝手に勉強したくなる(学校の勉強に限らない)し、すぐに生活の次元へと引き上げられるのです。

⒊生活:社会人としての自覚を持つ

生活の次元は、成長段階的には「自律」の1段目です。

なので、勉強しているだけではなく、そろそろ家計のこと、家事のこと、仕事やビジネスなど、それぞれ自分で管理して行ける様にならなければいけません。

では、どうすれば主体的に家庭へと関わり始めるのか?

それは、「大人(社会人)扱いしてあげること」です。

本当なら、生まれた時からみんな社会に影響しているのですから、赤ん坊でも社会人なんですよね。

なら、「あなたももう立派な社会人なんだから、家事を覚えましょうね」と言ってあげるだけで良いのです。

ちゃんと成長している人であれば、自分から望んで家庭の営みに関わろうとします。

家事を手伝ったり、家にお金を入れたり、家計の状態を聞いてきたら、その人は「生活の側面」が既にあります。

ですが、ただ大人扱いするだけでは、むしろ反抗期が悪化して、何もしてくれなくなるので「筋を通し」ましょう。

よく、「あなたもう中学生なんだから…」と、年齢や肩書きを理由にして何かさせようとする人がいます。

しかし、それでは「親が好きで勝手に産んだんだからちゃんと育てろよ!」とか、「世の中のことも人生のことも教えてくれないくせに何言ってんだ?」みたいな感じで、本人はイラッとします。

よくよく考えれば、正しいのはお子さん(あなた)の方。

物事には「順序」というものがあるので、やるべき教育はしっかりやりましょうね。

つまり、享受の次元から一つ一つ積み重ねるということです。

土台がしっかりしていないと、人間性のピラミッドが崩れます。

⒋健康:衣食住それぞれを整える

健康が何によって整うか?ですが、これを単に食事・運動・睡眠の3つだと思っている人は非常に多いです。

ですが、本当は「精神」とか、「人間関係」とか、「生活の質」みたいなことが大きく関わってきます。

なので、生活の次元で身につけた衣食住を磨いて、より質の高いものにしていけば、健康になり、幸福の次元に上がることができますよ。

では、なぜ精神が健康に関わるのか?

これは、気分が悪くなるとお腹の調子が悪くなるという様に、心と体がつながっているからです。

例えば、人は「イライラすると体内に毒素を発生」させます。

それが結構な猛毒らしく、解毒と排泄をするために内臓にも負担がかかってしまうのです。

その時に消費される酵素、つまり「アミノ酸」が足らなくなると、空腹になり、暴飲暴食をしてしまうことも。

なので、「イライラの元を減らす」ことが重要課題となります。

人が何でイライラするかというと、だいたいは人間関係か、生活の質が低いからです。

だから、健康の次元と言っても、見かけだけでなく、コミュニケーションなども学んで、特に家族や職場での人間関係を改善しないといけません。

また、運動や肉欲(食欲や性欲)などでストレス発散するのが健康の次元ですが、それはいわゆる「邪気」みたいなものが溜まっているから、出そうとしたり、誤魔化したりするんですね。

邪気というのは、例えば、体の汚れとか、部屋中の散らかり、ハウスダストなんかから感じる「精神の乱れ」のことです。

部屋を片付け、掃除をし、身を清めること(禊払いなんて言ったりします)。

実は、こういったことが精神から体に影響して、見た目まで変わったりします。

いつか流行った歌の様に、トイレには女神様がいて、掃除を毎日していれば美人になれる訳です(それだけじゃ厳しいですが)。

この様な、環境からの体や精神への影響などを感じ取り、自分の体だけではなく、環境や習慣までも変え続ける必要があります。

なので、「家庭環境が悪い人ほど、成長に時間がかかる」ことを覚えておきましょう。

⒌幸福:元気なだけで幸せだと悟る

これは既に説明した通りです。

本当に健やかであれば、それだけ幸福になれます。

そこで物足りなさを感じて悩むのは、家庭環境に恵まれた贅沢な悩みである証拠です。

ただ、その悩みがあるから、次の次元へと進む手がかりを掴むことができるんですよね。

そこで成長を止めていつまでも遊び呆けているのではなく、自分の愛情と知恵に目を向けてみてください。

そこには、「周りの人に何かしてあげたい」という気持ちや、「周りの人が幸せになれば、自分も幸せになれる」という哲学があるはずです。

その行き先が次の道義なので、大切にしてくださいね。

⒍道義:意義のある生き方を悟る

道義の人の思考回路は、大抵「こうすべきだ」とか、「こうしなければならない」という様な、硬いものです。

初め、そこにあるのは「ルール」とか、「規範」みたいな、形式的なものであることが多く、それに徹しても「誰も得をしない」こともしばしば。

なので、道義の人はしっかりと「物事の意義」について考えなければいけません。

これがつまり、「道徳」というものです。

意味のある行いをして初めて、人は徳を積むこと(尊行)ができます。

そして、この次元で最終的にたどり着くのが、「意義のある人生とはどんなものか?」という問いです。

これは、学問の次元で人生そのものを遊びに移していくのと同じで、自分の「生き様自体を意味のあるものにする」訳ですね。

・どんな生活が
・どんな仕事が
・どんな買い物が
・どんな貢献が
・どんな人生が…

…世のため人のためになるのか?

それぞれ考え、学びましょう。

その結果として落ち着いた場所や活動が、あなたの「道のスタート地点」であり、本当の人生の始まりです。

⒎尊行:人類が共に栄える道を悟る

ここまで到達している人は、とても立派です。

自分なりの生き方、つまり、派を立てた状態、それが立派ということですから、その先へ続く道を開くために徳を積むことが、次のステップとなるでしょう。

ただし、徳を積んで、道が開たとしても、それが世の中の部分的なものであるならやっても仕方ないかもしれません。

極端な例を挙げますと、「自国の利益のためにわざと他国へ戦争を仕掛ける」のが良いか?と考えたら、別の道を用意した方が良さそうですよね。

要は、自分の見える範囲だけ綺麗になっても、逆に見えないところが汚れていく様ではダメなんですよ。

そんな道は開拓しないで、家で静かに暮らしていた方がよろしい。

これも既に解説したことですが、やっぱり「より全人類に近い」形で、みんなで繁栄(共栄)しないといけません。

そのための理法を学び、道徳のある、「徳道」を貫くことです。

そして、この徳命学の真髄である、「道の為から徳の為」へ移行すること。

そうして初めて、意義のある道が、美しい人生が、開き始めるのでしょうね。

最後に

こういう「人間の成長段階」というものは、実は仏教やキリスト教、ヨーガなどにもあったりします。

どうしてああいうものが「宗教」と言われてしまうかというと、一般の人には難しい話を、簡潔な言葉で噛み砕かずに、そのまま伝えてしまうからなんですね。

だから大衆の中で俗化し、「形だけの不思議なもの」になってしまう。

宗教そのものは悪いと思いませんが、そこからちゃんと「学問」として咀嚼し、人生や暮らしに役立つ「活学」にして、そして、いかに生きるべきか?という「道徳」にていかないといけません。

不確かだからオカルト、確かだけど良く分からないからスピリチュアル、良く分からないことをそのまま教えてしまうから宗教、分かるように学ぶから学問、役立つから活学、役立たせようと努力するから「道徳」という、ちょっとした違いがあるだけなんですね。

宗教や学問には色々ありますが、中身を覗いてみると、みんな同じ様に「この世の真理」や「悟り」に近づいていきます。

入り口は違うけど、入ったら同じ砦の中。

だから勉強することを「学問」と呼ぶ訳です。

ですから、徳命学は徳命学で別のものとするのではなく、あくまでこれも人間を学ぶ時の「一つの尺度」でしかない、ということを覚えておいてください。

その、あらゆる人生の共通項、つまり、この世の真理を追求することが、道ということです。

そして、その心理に従った時、未来が開ける。

今回の表現で言えば、それは、徳積みによって道が開けるし、徳を積むために道を開かなければならないという「循環」なのでした。

7次元ごとの特徴と、上に昇る条件を参考にしていただいて、あなたの人生が変わり、道が開け、愛情と知恵が広がって、より美しい世界にみんなで暮らせたらいいなと思います。

あなたの道に徳があります様に。

ありがとうございました。