世界と自分を連動させる様に活動すれば人生は満たされていく

人生にある程度の見切りをつけてしまいがちな金原昌史です。

最近思うのは、僕らの身の回りにある物のほぼ全ては「他の誰かが作ったもの」だということ。道具、服、家電、家具、家、街並み。これら全てはほとんどの場合、自分が作ったものではありません。

僕らは自分が創った世界に住んでいるのではなく、「他の誰か」が創った世界に住んでいるのです。

この世界は大抵の場合、個人がどれだけ頑張っても大きく変えることはできませんし、逆に世界が変わろうと自分が変わる訳でもありません。

仮にインターネットやスマートフォンなどの大変画期的な発明が起これば話は別ですが、そういったイノベーションが起こることはごく稀ですし、一般の人がその様なレベルのものを生み出そうとしてもまず無理でしょう。

イノベーションが起こるのを待っているだけではつまらないですし、頑張っても「社会の変化」という意味で報われるのはごく一部の人間に限られます。

中途半端に頑張っていても人生は虚しいことばかりなのです。会社員になって世界に要らないものを売っても虚しいですし、こうしてブログを書いているだけでは自分が世界に与えている変化を感じることができません。

だから、僕らは小さくてもいいから、何か世界をちょこっとでも変えられる様な活動をしていくべきなんです。

NPOやボランティア、学童や子供食堂などの人員、地域活動の人員。

そういった「何者か」としての活動をし、少しでも人や社会に還元されていることが感じられる様にすること。それがこの「不毛感」から逃れる唯一の方法だと考えます。

このどこまでいっても見切りがついてしまう様な不毛な人生から脱却し、自分の家族だけではなく、地域や困った人たちのために働く。そんな「幅」を効かせてください。そうすれば人生に広がりができ、自己実現欲求を深く満たすことができる様になるはずです。



世界は世界、自分は自分。

世界(人口70億人超え)の前では、個人一人の存在など圧倒的に小さなものです。自分が成功しようと失敗しようと、世界は何事も無かったかの様に回り続けます。

そこには、「世界を変えても自分は変わらず、自分を変えても世界はあまり変わらない」という虚しさが存在するのです。

何か大きなことを成し遂げた偉人たちは例外ですが、世界の全ての人が偉人になれるかどうかといえば無理ですよね。

個人と地域が密接な関係を持っている様な社会なら別ですが、個人が「核化」している現代において、「世界」と「個人」は断絶された全く別のものなのです。

世界は世界、自分は自分。

これに気づいてしまうことが、今回の僕の様に人生に見切りをつけてしまう原因となります。



一般人が世界を大きく変えるのはまず無理

世界を動かすには、それなりの能力が必要です。その事実があるだけでも、世界を動かせるのはごく一部の人間に限られるということがわかります。

グローバル化した現代ならなおさら、世界を大きく動かすことは難しくなってきているでしょう。世界人口は70億人を超え、日本の人口の70倍近くあります。それを動かすのが難しいのは簡単に理解できるはずです。

そもそも世界を変えようとする人間が少ないのも理由かもしれませんが、一般の人が世界を動かそうとしてもなかなかできるものではありません。まず無理だと思っていいと思います。

そんな中、僕らはどうやってこの不毛感から抜け出せばいいでしょうか?人生ってそんなにちっぽけでくだらない範囲に収まってしまうものなんでしょうか?



世界と自分を繋げる様な活動をして行こう

その答えは「自分と社会が連動する」ことにあります。

自分が活動することによって社会が少しでも変わっていく様な、そんな状態を作り上げることです。

例えばジュースやガムを売っていても世の中は変わりませんが、貧困者を救い出す様な活動をしていれば社会は少しずつ変わっていきます。その違いです。

社会というのは個人の集まりなので、多かれ少なかれ個人の人生を少しずつ変化させてやることが、自分と社会を連動させることのカギとなります。

不幸か幸いか、世の中には困っている人が大勢います。子育てに困っていたり、仕事に困っていたり、お金に困っていたり、選択に困っていたり。だいたいそんなものなのですが、その内容は人によって様々。

僕らはそういった困った人たちに対して、社会の一員として手を差し伸べてあげることができるのです。より困った人を助けるほどその人の人生は変わりますし、それだけ社会が変化するということにもなります。

そうすれば、僕らは人生の不毛感から脱却し、充実感を持っていきていくことが可能となるでしょう。



最後に

世の中を変化させている実感を持つことができれば、その人生は大きく花開くはずです。

この社会の一員であること、社会に貢献していること、人を動かしていること。そういった実感に浸ることができるので、自己実現欲求や承認欲求が大きく満たされます。

きっと、そういった欲求を満たすことのできる活動はこれからドンドン増えてくるのでしょうね。最近では「子供食堂」なんかが有名みたいですが、あれはこの流れの始まりに過ぎないのかもしれません。

大勢の人は子供食堂を誕生させたり立ち上げたりする人には成れませんが、それに携わる人になることはできます。そこで違うのは「ポジション」がどこになるかの違いだけ。

別に全ての人が偉人になりたいわけではありませんし、すごい人になりたいと持っているわけでもありません。だから、偉い人になることは大して重要じゃないんですよ。

自分のできる範囲、自分に合ったポジションで、一緒にチームスポーツの様な活動を行える地域社会を見つけること。それが、今回の不毛感から脱出するための始まりとなるでしょう。

あなたに合った場所、立場、活動を見つけてみてください。

ありがとうございました。バンカラ道をよろしく。